好きだから 60

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 電話口の直子の耳に、聞き覚えのある、どちらかというと不快な相手に分類される男の声が聞こえた。
「佐々木さん、手塚先生からです」
 できれば取り次ぎたくないと思ってしまったが、あくまでも仕事である。
「手塚先生?」
 佐々木は受話器を取って外線ボタンを押した。
「稔さん? 俺この電話教えたっけ?」
「さっきばあさん、いや、お前のオフクロに聞いたんだよ。どうだ、今夜、飲み、行かねぇか? ってもこのあたりで。今日は午後診療ねぇし」
 佐々木はしばし逡巡した。
 仕事の目途は思ったより早くついた。
 直子もライブだというし、淑子は石川がみてくれている。
 それに。
「せやね、ちょうど仕事の目途もついたし、ええですよ、この辺りなら。六時過ぎでええ?」
 一人で夜を過ごしたくない気分だった。
「よし、わかった」
「今夜、手塚先生と、お約束?」
 電話を切ると、すかさず直子が聞いた。
「ああ、久しぶりに飲み、て。まあ、オカンも世話になっとることやし」
 それはあまり関係ないだろう、と直子だけでなく佐々木も自分で突っ込みを入れる。
 ただ、沢村がまだ佐々木と大手を振って歩けそうにないことが、直子ももどかしかったのだ。
 六時を前に、「直ちゃん、そろそろええよ。俺ももう上がるし」と佐々木はパソコンから顔を上げて直子に言った。
「え、うん、これだけやったら上がる」


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