「じゃあ、工場は人手に渡ってしまったんだ?」
「そう。いつだったか、ちょっと俺んちがあったあたり、うろついてみたことがあるんですけど、もうマンションだか建っちゃってて、昔の面影なんかどこにもなくって、かえってサバサバしました」
人のいい父親が知人の保証人倒れで、家も工場も取られて、一家離散した、などと良太は軽く話していたが、自分の生まれたところがなくなるというのはやはり寂しいものだろうと佐々木は思う。
どうにか佐々木は生まれた家を手離さずにいられるのだが、税金のために売りに出した土地を沢村が買ったことで、土地はそのまままだ手付かずだし、外見上は何も変わってはいない。
だが、そのお陰で佐々木は古くても生まれた家や土地でこれからも暮らすことができると考えると、沢村が購入した土地に佐々木が文句を言える筋合いはないのだと、あらためて思う。
良くも悪くも、時は流れ、変わらないものなどはないのだ。
佐々木自身は家を出ても仕方ないとは思うのだが、母親はそう簡単にはいかないだろう。
良太は無理やり家を取られ、沢村は実家が嫌いで寄り付かない、家も人もそれぞれだ。
やがて車は首都高に上がり、渋谷出口で降りると乃木坂方面へと向かう。
「どうもありがとうございました」
乃木坂にある青山プロダクションの自社ビル前で車を停め、藤堂はトランクから良太の荷物を降ろした。
「猫ちゃんたち待ってるよね。しかし自宅が会社の上にあるって、やっぱ便利だよね」
ビルを見上げて藤堂はそんなことを言った。
佐々木もお菓子の袋を降ろすのを手伝うため、土曜日の乃木坂に降りて伸びをした。
「やっぱ、大阪は暑かったわ」
「いやあ、こっちも蒸し暑いっすよ。佐々木さん、夕方からまた移動で大変ですけど、気を付けて」
「ああ、また連絡するし」
「はい、お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げる良太を残し、車は一番町へと向かう。
「車の中だとあんまり疲れはとれないよね」
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