「はじめまして。こんな美人にお目にかかれるとはラッキーだな。ひょっとして、工藤とは?」
荒木と紹介された検事は低い深みのある声で言葉を促した。
「ええ、昔ね。ワンクールで振ってやったけど。今はフリー」
「おや、奇遇ですね。実は私もつい最近フリーに。バツイチですが」
笑わない目でさらりと口にする荒木に、おいおい、と小田が笑ってごまかす。
「工藤もこのあと合流する予定なんですよ」
小田は久しぶりに三人で飲むことになっていると言った。
それなら工藤がくるまでと、ひとみの先導で下柳や須永もひきつれて奥のテーブルに移動する。
自然、工藤の学生時代の話で盛り上がった。
「だからぁ、その引き離されて自殺したっていう恋人のちゆきさんを高広がいつまでもぐじぐじ思っているからぁ、あたしはとっとと三行半を突きつけてやったわよ」
工藤の学生時代の恋人、ちゆきの話を切り出したのはひとみだ。
ハイペースで飲んでいるのだが、ひとみは顔色ひとつかわらない。
酔っているとは、ひとみを知っている須永や下柳でないとわからないのだ。
「ちゆきか……まあ、あいつら、ほんと惹かれ合うべくしてそうなった、って気はするが」
小田がしみじみした口調で言った。
「俺たち三人とちゆき、当時はいつも四人でつるんでたんですよ」
「でもまあ、俺と小田が入る余地はなかったな、あの二人」
荒木もうなずく。
「工藤のやつ、出自が出自だから、昔から世の中斜めに見て、構えて粋がっていたけど、あの頃はあんなやつでも可愛いところはあったんですよ」
「だな、フン、二人とも夢中だったし。ちゆきのオヤジがあれじゃなきゃな」
当時を思い出して苦く笑みを浮かべる小田の言葉を引き継いで荒木も続けた。
「でも、親に引き離されて自殺するなんて弱すぎない? そのちゆきって人。駆け落ちでも何でもすればいいじゃないの、そんなに好きだったんなら。だって、残された高広が可哀想じゃない」
二人の懐かしげなようすに割って入って、ひとみはそう主張する。
「そりゃちょっと違うかな。ちゆきは弱いなんてタマじゃない、どっちかって言うと、一番強かったのかも」
小田が言うのに、「それ、どういうことよ?」と既に酔っているひとみは突っかかる。
「ちょっと自信なさげな教授なんか、彼女の鮮やかな弁舌にやり込められてたし」
「生きていたら、超手ごわい弁護士か俺なんか足元にも及ばない鬼検事にでもなってたかもな。ちゆきは、なんか雰囲気が山内さんに似てるよ、こうきっぱりばっさりって感じで」
荒木が笑う。
「……だったら何で自殺なんかするのよ!」
ひとみが強い口調で言い放つ。
「二人が惹かれあったのは必然、ってのは、お互いに自分の出自を忌み嫌っていたからだ。かたややくざ、かたや悪徳政治家ってやつ。彼女は父親を諌めるため、というより復讐のために自殺したって気がする」
小田が真面目な口調で続けた。
「工藤を愛していたのは事実だが、彼女は社会正義を貫いた」
「自分の父親の悪事の証拠を俺らに託して、彼女は自殺した。残念ながらちゆきの死をもってしても父親は諫められるどころかってやつだったが、彼女の残したその証拠は、数年後実際、彼女の父親を失脚させるために役に立ったわけだから、ちゆきもそれにおいては報われたというべきか」
荒木の声が硬くなる。
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