「そんなの、死んじゃったら何にもなんないじゃない! 要は、高広はその社会正義とやらに負けたわけね」
荒木と小田の話に対して、ひとみが言い切った。
「まあ、置いていかれた工藤が荒れたのはわからないもないさな……」
それまで黙って聞いていた下柳がボソリと口にして間もなく、工藤が階段を降りてくるのが見えた。
「こっち、高広」
ひとみが手招きすると、工藤はセカンドバッグを手に訝しげな顔でやってきた。
「おい、なんだこのメンツは?」
「たまたま俺らが飲んでたら、先生たちがいたんだ」
下柳が席を詰める。
「お前の話、いろいろ聞かせてもらってたとこだ」
にやにや笑う小田に、工藤はさも迷惑そうな顔でソファに腰を降ろした。
「良太ちゃんは?」
ひとみが聞くと、「あとで迎えを頼んだ」と工藤は言う。
「なーんだ、一緒に連れてくればよかったのに」
「お前につぶされるのがおちだからな」
不服そうに口を尖らせるひとみにおかまいなく、工藤はウエイターがコースターに載せたラム酒のグラスを手にする。
「いいじゃない、明日早いの?」
「さっきアスカと秋山が乗った機がエンジントラブルで中部国際に緊急着陸したんで、東京駅に迎えに行かせたんだ」
いまいましそうに工藤は吐き捨てる。
「近頃妙にトラブるな、エアーが」
心配そうに下柳が言った。
「乗らないわけにもいかないし、荒木、何とかしろよ、航空会社」
「俺がどうかできるんだったら、とっくにやってる」
根拠のない要望をつきつけられた荒木が呆れて工藤を見やる。
「えらく最近順調そうじゃないか、会社の方」
探るような目で荒木は続けた。
「そこそこだ。小田事務所の方だろ、最近羽振りがいいのは」
「バカ言え、やたら時間のかかる刑事訴訟ばっかやってるって、小百合に文句言われっぱなしだ」
小百合とは事務所に籍を置く司法書士である。
小田は今や事務所を仕切っている姉御肌の顔を頭に浮かべ、煙草をくゆらせながらソファに背をもたせかける。
「こないだ二人目が生まれた小田にしろ、優雅に山内さんみたいな美女と懇意にしているお前にしろ、どのみちワイフに出て行かれた上、宮仕えの俺にはどっちも羨ましい限りだ」
本気で口にしているとは思えない口調で、荒木が言った。
「ひとみならいくらでもお前にくれてやるぜ」
「ちょっと高広、勝手にひとをやりとりしないでよ。まあ、でも荒木さんなら考えてもいいけど」
ひとみは荒木に軽くウインクしてみせる。
しばらくして下柳がそろそろ帰ると言い、さりげなくひとみを促して立とうとした時、良太が顔を見せた。
「あれ、ヤギさん、ひとみさんも一緒だったんですか? あ、須永さん、大丈夫です?」
酒には今一つ弱い須永がちょっとふらついている。
「早かったな」
「ええ、すんなり新幹線乗れたみたいで、今二人とも送ってきました」
良太は工藤にそう報告し、小田にぺこりと挨拶する。
「荒木だ、検事の。広瀬良太、うちの会社の今は司令塔ってやつだな」
「はじめまして、広瀬です。お噂はいつも。すごい検事さんだって」
司令塔なんぞと工藤に紹介されて良太は尻尾があったら勢いよく振っていそうに嬉しくて、元気よく荒木に挨拶する。
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