「後輩だったよね?」
荒木はそんな良太に笑みを浮かべて聞いた。
「いや、後輩なんて、口にするのもおこがましいです、俺、野球バカだったから」
良太は謙遜というより正直に言った。
「工藤のお守りは大変だろう?」
「ええ、まあ……そこそこには」
「何だ、その言い草は」
良太の返事を工藤が軽くいなす。
昨日、久しぶりに荒木や小田と飲むことになったから紹介すると工藤が言ってくれたことに、良太は有頂天だった。
小田には既にいろいろと世話になっているのだが、荒木は検事という立場上、なかなか顔を合わせることが難しい。
ただ、たまにかつての同期や仲間で飲むことにしていて、三人のスケジュールが合ったから、と工藤は良太を引き合わせたのだ。
車を置いてくる予定だったのだが、飛行機のトラブルでアスカたちを迎えにいかねばならなくなり、良太はそのまま店に乗りつけた。
工藤の大切な仲間に自分を紹介してくれるというだけで、良太はなんだか自分の存在理由が工藤の中で上がった気がしたのだが。
「そういや、もう一人の後輩、例の突っ走りやすい先生は元気か?」
今度は高広抜きで飲むわよ、と帰ろうとするひとみにしっかり念を押されていた良太は、荒木の言葉がひっかかって顔を向ける。
「お前のご執心のセンセだよ、ここんとこ、とんと顔を合わせることがないが……」
いきなりガクンと良太の気持ちが降下した。
「何がご執心だ」
うまいごまかしは工藤の得意ではない。
手持ち無沙汰にひとみの傍らに立っていた下柳も、荒木の言うご執心の先生がついさっきひとみと話していた小説家のセンセのことだと察しがついて、苦々しい顔で髭をさする。
「千雪くんのことだな? 工藤ならずともうちの事務所みんなご執心だぜ。そういや、最近顔を見ないな。まあ、彼がうろうろしないってことは厄介な事件がないと思っていいんだろ」
微妙なタイミングで、そう言って笑ったのは小田だ。
下柳はちらと良太の顔を見たが、笑っている良太にちょっとほっとした顔で、「打ち合わせ来週の頭な」とポンと肩を叩くと、須永を従えたひとみと一緒に店を出ていった。
店を出た時は十二時を少しまわっていた。
荒木や小田にすすめられて飲んだ良太は結局車をパーキングに置いていくことになり、それぞれがタクシーを捕まえた。
「高輪、来るか」
最後にタクシーに乗り込むと、工藤は良太に聞いた。
「いえ……、ちょっと疲れたんで……」
隣で良太はもそもそと答えた。
工藤は「そうか」と言っただけで、前を見据えている。
良太は何だか急に胸が苦しくなった。
翌日は休みだし、工藤もスケジュールは空いていた。
本音は良太も工藤の部屋に行きたかったのだが。
工藤のご執心の先生、という荒木の言葉は小さな棘のように良太の心に引っかかっていた。
またしても意外な方向から工藤の千雪への思いを知らされたようで、そんな気持ちをひきずったまま一緒に行く気になれなかった。
いや、ちぇっ、誰が行くもんか! と天邪鬼を起こしただけなのだ。
ひとみや下柳たちが帰ったあと、しばらく千雪の話題で終始した。
実のところ、良太のことを考えるとあまり面白くない工藤の思惑をよそに、何も知らない荒木は千雪がかなりダサい風体で司法修習にやってきた頃のことを面白おかしく語った。
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