上弦の月6

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 修習内容には一切触れないが、ベストセラー作家ということは知れていたし、しかもあの風体は検察庁でも大いに話題を振りまいたようだ。
 良太も努めて荒木に合わせて相槌を打ち、笑った。
 笑いがひきつりかけたところで、お開きになって良太はようやく肩の力を抜いた。
 うううう……………ガキ………だ、俺なんかてんで。
 年齢の差というだけではない、本質的なところでまだまだ工藤の片腕になんかなれないと漠然と思う。
 波多野という未だに得たいの知れない男から言われたことが不意によみがえる。
「君がいくらそうやってがんばったところで、君の力ではどうにもならない」
 言われなくても十二分に思い知っている。
 こんな後先なしの行動を取るような俺が工藤の片腕だなんて、チャンチャラおかしい。
 そうだ、あれから工藤の周りで不穏な出来事は起きていないようだが、実際はどうだかわからない。
 あの波多野という男のところで事が収まっているのではないか。
 車窓の外に広がる灯りの渦の奥に深い夜の闇を見たように思い、良太は身体の中が冷えていくのを感じる。
 いっそのこと、千雪があんな傲岸不遜な男と手を切って工藤を選んでくれたら、こんなイジイジしなくてよかったんだ。
 千雪ならきっと、波多野に見下されるようなマネをしたりしないんだろう。
 さらに自虐的なことを考え、良太は自分のキャラから外れている自分に呆れる。
 えいくそ! ちょっとは成長しろよ、俺!
 俺にできることっていえば、与えられた仕事をものにすることじゃないかよ!
 本物の『司令塔』になれよ、工藤の本物の片腕に!
「そういえば、ヤギさん、張り切ってますよ、今度の知床の仕事」
 自分で叱咤激励した良太は極力弾んだ声で言った。
「俺もすんごいワクワクしてんですよ、オジロワシとかシマフクロウとか、本物見てみたいし」
「ああ、やつは昔からあのあたりの生態系、追っかけてたからな」
 工藤は少し笑みを浮かべる。
 下柳との良太の仕事は来年の春に放映予定のドキュメンタリーだ。
 MBCで二時間枠を確保し、東洋商事をメインスポンサーに、『世界自然遺産』に登録されて注目を浴びている知床半島の生態系を追う。
 ウインタースポーツは苦手でそんなことに身体を使うくらいなら温泉につかっていたという下柳だが、どうも選ぶ仕事はゆったりした南の島より極寒の地の方が好きらしい。
 別の番組で冬の北海道の釧路湿原で行われた撮影に良太も同行したのだが、寒いなんてものではなかった。
 とはいえ風蓮湖の白鳥を見た感動は今でも忘れられない。
「サハリンとかカムチャツカにも足を伸ばすつもりらしいな、覚悟しとけよ」
「え、俺も行っていいんですか?」
 良太は声を上げて工藤を振り返る。
「プロデューサーのお前が行かなくてどうする。まあ、スケジュール調整はうまくやれ」
 この仕事が決まってからというもの、週イチで持っているスポーツ情報番組『パワスポ』や工藤関係の仕事とのスケジュールを調整しながら、スポンサーとの交渉からスタッフの手配、ルートを確認し、宿泊施設を押さえ、と下柳と打ち合わせしつつ良太が一人で東奔西走している。

 


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