雪のデカダンス1

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    act 1
 
   
 広瀬良太はドキュメンタリー番組『知床』の編集の最終調整が終わるのを待って、大晦日の夕方、小田急線の小田原経由で熱海にいる両親のもとを訪れた。
 静岡の大学にいる妹の亜弓もやってきて久々家族四人で正月を過ごし、自分の部屋に戻ってきたのは元日の夜だ。
 今回は面倒を頼む人がいなくて良太に同行した愛猫ナータンは、長い時間キャリングケースに入れられたことを抗議してか、戻ってきた途端、部屋の中を縦横無尽に走り回った。
 力なくナータンに目を向けながら部屋を見るともなく見回し、はあ、と良太は大きくため息をつく。
 まだ、自分の部屋だという実感がわかない。
 暮れの二十五日のことだった。
 部屋のドアを開いたら、良太のあずかり知らないところで内装がすっかり変わっていたのだ。
 その前日、部屋を出た時は内装といえるようなものはないにひとしかった。
 カーテンやカーペットはもともと部屋にあったもので、炬燵に安物のパイプベッドやパイプハンガーくらいが良太の持ち物だった。
 それが、翌日帰った部屋からは炬燵や猫グッズ以外の家具は消え、代わりにクイーンサイズのベッドがでんと居座り、ダークブラウンで揃えられたクローゼットや机、椅子が置かれ、モスグリーンの厚ぼったい絨毯やカーテン、冷蔵庫や電話までが新品で揃えられていた。
 誰がやったかなんて、わからないでか!
「まったくあのオヤジときた日には!」
 青山プロダクション社長工藤高広のむっつりした顔が良太の脳裏に出没する。
 炬燵を残したことは、とりあえず評価してやるにしても、電話で文句は言っておいた。
 とはいえ、嬉しくないこともないのではあるが。
「おっと、ドラマ、撮らなきゃ」
 のらりくらりとビデオをセットした良太は、炬燵に足を突っ込んで土産にもたされた母親手作りの御節をつつきながらテレビを見る。
 青山プロダクションがKBCと共同制作し、新春特別企画と題したドラマ『大いなる旅人』第三弾は、イタリア、ルネサンスがテーマになっている。
 時空を超えて旅をするうちに歴史に潜む謎を追うという内容で、青山プロダクション所属俳優志村嘉人を主人公に高視聴率を取り、既に第四弾も東洋商事をメインスポンサーに、夏の放映が決まっていた。
 ドラマを見終えると、自分の部屋ながらまだどこかのホテルに泊まっているような違和感を覚えつつも、旅の疲れもあってかベッドに横になった良太はすぐ夢の中に突入した。

 


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