act 4
雪はいっこうに弱まる気配がない。
上り坂のカーブをのろのろと上がること五分。
「あれかな、看板って」
薄暗い街灯に照らされて雪を被ってはいるもののスキーという文字が見える。
左に折れて割りとすぐにかなり広い塀に囲まれた入り口が見えてきた。
「高級ホテルって言ってたな、おばさん」
大きな門をくぐると雪を除けた道がエントランスまで続いていた。
見えてきたのは確かに趣のある風雅なたたずまいだ。
出迎えてくれた女将と従業員に名前を告げると、すぐに部屋へ案内された。
「すみません、遅くなりまして」
コートとマフラーを手に、良太が入っていくと、広い和室に豪勢な料理が用意され、既に工藤と千雪が向かい合わせに席に着いていた。
「先にいただいてるで」
千雪が言った。
黒いセーターにジーンズというラフないでたちの千雪は、いつにも増してきれいに見える。
向かいの工藤はきちんと英国製のスーツに身を包み、限りなく紳士なのだが、そうやって酒を交わす二人を見ると、別に何もないだろうとは思うものの、妙にそのシーンにはまっていて、良太はそのドラマにとってはミスキャストのように思える。
千雪さんがきれいなだけでなく、工藤がいかにもって感じだからな。
「いったい何をとろとろやってたんだ」
開口一番、工藤は苦々しく口にする。
そう、眉を顰めて睨みつけるその目が曲者なんだ。
「はあ、それが……」
良太はハハハ…と、何と言っていいのやらと苦笑いする。
「まあ、お疲れさん。ビールと日本酒、どっちがええ?」
「じゃ、とりあえずビールを」
千雪が差し出したビールをグラスにもらい、まず半分ほど一気に飲み干した良太は、最初に坂本を乗せてからのことをかいつまんで二人に話した。
郡山駅でアキ子を拾い、さらにカップルを乗せて猪苗代まで辿り着いたものの、急遽苦しみだした坂本を病院へ運んだというと、千雪が気の毒そうに良太を見た。
「そらまた、災難、いうか、まあ、良太が優しいからやな」
「とろくさいからつけこまれるんだ」
ゆっくり日本酒をあける工藤が言い捨てる。
ジロっと工藤を一瞥した良太は、郡山で撮った写真のデータが入ったSDカードやメモを千雪に渡すと、千雪に薦められるまま、腹ごしらえに向かう。
「もう、腹減ったのなんのって……」
今度は日本酒をもらいながら、テーブルの上に所狭しと並べられている和風懐石を良太は一つ一つ味わいながらも見事に平らげていく。
「そういえば、千雪さん、子猫はどうしてます?」
「ああ、今、獣医さんとこに預けてきた。乳飲み子やから目、離されへんし。でもみんな元気やて」
「よかった~」
「それにしてもすごい雪やろ。暖冬やなんて言いながら、いきなり真冬やもんな」
「でもやっぱ、東京離れて、こんな雪ん中にいると、何かこう、ほっと一息つけるって気がしますよね。千雪さん、温泉もう入りました?」
酒が入って、ちょっと肩の力が抜けた良太は、千雪に聞いてみる。
「いや、温泉はまだや」
ややあってからの答えがちょっと硬い。
「まだ、温泉嫌いがなおってないのか」
工藤が言った。
「へ、千雪さん、温泉、嫌いなんですか?」
何も考えない良太が聞いた。
「いや、別に温泉が嫌いいうわけやないけどな」
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