バレンタインデー、良太、走る4(ラスト)

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「じゃあ、私もそろそろ」
 コートを羽織り、スカーフを巻いた鈴木さんも、ちょっとおしゃれをしている。
「今夜は娘とミュージカルを見に行くのよ」
「そうなんですか。まどかさんによろしく」
 鈴木さんがドアを開けると小雪交じりの風がオフィスに舞い込んだ。
「ほんと、今日は寒いわね。良太ちゃんも風邪ひかないようにね」
「はい、お疲れ様です」
 ぽつんとオフィスに一人残された良太は、しばしぼうっと突っ立っていたが、チョコレートや酒などの山からいつものように警備員に渡すべく、いくつかの袋に入れてカートに積み込み、エレベーターへと向かった。
 一階に降りて声をかけると、警備員は喜んで受け取り、「ありがとうございます。みんなで分けさせていただきます」とにこにこと笑った。
 オフィスに戻ると、今度は自分へのプレゼントと食品以外の工藤宛のプレゼントをカートに積んで良太はオフィスを出て施錠する。
「新しいベッド、ナータンもチビも喜ぶぞきっと」
 独り言を口にして、良太は笑みを浮かべた。
 思惑通り母親からのブランデーケーキと一緒にラム酒を袋に入れて、他のプレゼントとともに工藤の部屋のテーブルに置くと、良太は壁をぶち抜いた二つの部屋をつなぐドアから自分の部屋に戻り、「さあて、寒い日はやっぱコンビニでおでんだよな」と呟いた。
 おでんを思い浮かべると途端に腹が減ってくる。
 猫たちに新しいベッドを用意し、ご飯をやると、スエットにコートを羽織り、部屋を出た。
 携帯がワルキューレを奏でたのはエレベーターの中だった。
「お疲れ様です。え、羽田?」
 待っていた工藤からの電話に良太は勢い込んで出た。
「ああ、今、着いた。飯は?」
「え、まだです」
 よかった。
 帰ってきたんだ、工藤。
「あとで、『夕顔』行くぞ」
 わかりました、と良太が答えるなり電話はいつものようにぶちっと切れた。
 だが、森村のうきうきが移ったかのように、良太は回れ右してまたエレベーターに乗り、部屋に戻るとスエットをスーツに着替え、乱れた髪を手櫛で撫でつけながら鏡を覗き込む。
 『夕顔』は、工藤とよく行く近くの小料理屋である。
 ディナーや特別なプレゼントはなくても、いつもの店で工藤と飲む、良太にとってはお手軽でも最高のバレンタインデーだ。
 工藤の帰りを待ちながら、窓の外の寒さも何のその、良太の頬には自然と笑みが浮かんでいた。

 


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