もっとあちこち歩いてみたいなどとは思うものの、もう帰りの時間が迫ってきている。
「忙しいからたまにこういうところに来るとそんな気がするだけだ」
良太の呟きを聞きつけて、工藤はまた身もふたもないことを言う。
それでも、雪が舞う中、こうやって工藤と歩くのだけでもちょっとした幸せを感じる良太だった。
タクシーでコンドミニアムに戻り、少し休んだ後、公一が来て新千歳空港まで二人を送っていった。
出がけに、あ、そうだ、と良太はまた中へと引き返す。
「何を忘れたんだ」
工藤は咎めるでもなく言った。
やがて良太は手にビニール袋を持って戻ってきた。
「せっかく咲子さんが作ってくれたサンドイッチ、持ってかないと」
もう何も言う気にもならず、工藤はただ苦笑した。
「山小屋、空調修理終わったらもう、全館あったかくて、昨日までの寒さが何だったんだってくらい。ほんとすみません、せっかく来ていただいたのに。今度は、京助さんたちとぜひ、山小屋の方にいらしてください」
運転しながら公一はしきりと詫びた。
途中で寄った道の駅で、コーヒーを飲み、良太が持ってきたサンドイッチを工藤が一つ、あとは公一と良太が食べ切った。
「咲子さんに、お礼言っておいてください。食事すごく美味しかった」
「でしょう? 山小屋に来た時も大抵咲子さんに食事はお任せなんですよ。子供の頃亡くなったお父さんがレストランをやってたらしくて、京太くんが大きくなったら、自分の店を持つのが夢らしいです」
公一が自分のことのように自慢げに言った。
「へえ、実現するといいですね!」
良太も大きく頷いた。
こういう子供のように素直なところは、入社したころから変わっていないな、と工藤は良太を見て思う。
新千歳を飛び立った飛行機の中で、疲れが出たのだろう良太はぐっすり眠っていた。
仕事というには、ほぼ良太と物見遊山のようなものだった。
コンドミニアムの手配も紫紀の遊び心が感じられる。
ふん、たまにはいいか。
ほんの少しうたたねをしたくらいで一時間半ほどのフライトは終わった。
帰ってきた東京は町ごとクリスマスイブの大安売りだった。
きらびやかなこの街も嫌いではないが、しっとりとした雪のクリスマスを工藤と歩いたことだけでも良太には贈り物のような気がした。
「工藤さん、この後予定入ってるんですか?」
帰りのタクシーの中で、良太は尋ねた。
「今夜はゆっくり風呂に入って寝ることになってる」
「ええ? だったら、ちょっとプラグインのパーティ、行きましょうよ」
「俺は疲れている」
工藤はむすっとした顔で言った。
「大丈夫ですよ、ちょっとのぞくくらい」
部屋に荷物を置くと、良太が猫の世話をしたあと、良太の誘いを断り切れずに結局工藤も同行することになった。
「おや、工藤さん、と良太ちゃん、ようこそ! メリークリスマス!」
今年もプラグインの河崎の部屋で、騒々しいパーティ好きの藤堂が二人を招き入れた。
「あら、高広、珍しいわね」
「おう、先にやってるぜ」
山内ひとみや下柳はもう出来上がっているらしい。
「良太ちゃん! こられたんだ」
佐々木オフィスの直子が良太を見つけて声をかけてくる。
その横には佐々木と沢村がいる。
やがていつもの仲間たちが二人を取り巻いた。
「メリークリスマス!」
もう一度、藤堂が声を張り上げて、シャンパングラスを掲げると、あちこちから、メリークリスマスと声が上がる。
沢村や佐々木と楽し気に笑う良太を見て、工藤は知らず笑みを浮かべた。
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