「はっきり言っておく。いいか、佐々木さんはもうずっとずーっと前から俺のもんだ! わかったか?」
「は? え? 何? どういうことやね?」
八木沼は自分を睨みつける沢村をきょとんと見つめる。
「わっかんねぇやつだな、佐々木さんは俺のもんなの! 第一お前が佐々木さんに言い寄ろうなんざ千年早い!」
それから再びぽかんとしている八木沼を引き寄せて耳打ちした。
「あと、佐々木さんが俺のもんだとか、お前の仲良しなチームメイトだけじゃねぇ、誰にもぜってぇ言うんじゃねーぞ! 言ったら殺す! わかったか?!」
沢村は八木沼を離すと、「佐々木さん、送ってくる」と言い残し、佐々木を促して練習場を出た。
「うっそやあああああああああっ!!!!!!!」
八木沼の絶叫は練習場の外にまで響き渡った。
「お前、何で八木沼にあないなこと言うた!」
車に乗り込むなり、佐々木は問い詰めた。
「ちゃんと釘を刺してやっただけだろ。佐々木さんだって困ってたじゃないか」
しれっと沢村は言いきった。
「それは……!」
「とにかく、佐々木さんが俺以外の誰かに触られるとか、金輪際嫌だ!」
ふうっと、佐々木は溜息をつく。
先だって電映社の今西らとCMの件で練習場を訪れた時、八木沼が佐々木の手を握りしめた時に沢村がキレなくてよかったということか。
「そうだ、そういえばあんた、俺の母親に会ったって?」
言おう言おうと思いながら忘れていた母親のことを沢村は思い出した。
「は?」
「俺の母親! あの人が何話したか知らねぇが、無視しろよ、無視!」
「母親って、お前のオカンに? いや、会うてないで? 俺」
沢村は佐々木を振り向いた。
「やから、前向け前!」
「会ってない? うーん、んじゃ、あの人、どこの佐々木さんに会ったんだ?」
何を間違えたんだ?
「会ってないんなら、いいんだ、忘れてくれ」
沢村は解せぬまま、それ以上追及もしなかった。
「そうだ、明後日の大掃除、朝から行くから」
「はあ?」
今度は佐々木が沢村を見た。
「直ちゃんに聞いて、あんたのお母さんに伝えといてもらったから」
再度佐々木は深く溜息をついた。
どうやら佐々木の断りもなく、ことは進んでいるようだ。
オフィスに着くと、涙目で直子が出迎えた。
大和屋の方は浩輔に任せてあるし、やり残した仕事をいくつかやり、午後からジャストエージェンシーの納会に直子と二人で顔を出した。
みんなからいろいろといじられながらも、佐々木は何とか今年も穏やかに年を締めくくられそうだと、心底ほっとしていた。
翌日はオフィスの大掃除になっていたが、佐々木がオフィスについた頃にはもう既に直子があらかた掃除を終えていた。
「佐々木ちゃん病み上がりなんだから、座って自分の周りだけ片付けて」
「はーい」
直子に指示されて笑いながら返事をした佐々木は、何が何だかわからないまま、結局元の木阿弥になってしまったことを苦笑した。
「あーあ、何、やってんね、俺」
昼は予約しておいたフレンチレストランで直子とランチを取った。
「悪い、年明けたら、またちゃんと、直ちゃんの行きたい店、連れて行くよって」
「楽しみにしてる! でも来年は仕事ももっときっちりスケジュールたててやろうね。佐々木ちゃんが寝込んだら意味ないし」
マグロのポワレを口に運んだ直子は、「美味しい、これ」とほほ笑んだ。
「そうやね。来年もよろしゅう、お願いします」
「こちらこそ、お願いします」
二人はようやく心から微笑みあった。
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