プラグイン経由の仕事は浩輔がアシスタントとしてついてくれて絵コンテの制作などはまかせているのだが、それでもここのところの仕事量はジャストエージェンシーにいた頃より遥かに超えている。
明日は撮影が入っているため、何とか今日中にめどをつけておかなくてはならなかった。
出前のうな重は松竹梅の松だった。
直子は上等の弁当を取ってくれたようだが、半分ほど食べ終えたところで佐々木はまた仕事にとりかかった。
佐々木の携帯が鳴ったのは、この辺りでキリをつけるか、と思っていた矢先のことだった。
十時を回っている。
まさか沢村だろうかなどと思って携帯を見ると、直子である。
「直ちゃん、どないした?」
「佐々木ちゃん、大変なの! 先生が!」
佐々木は思わず立ち上がった。
「かあさんが?」
「とにかく、佐々木ちゃん、すぐ来て!」
倒れたとか?
心筋梗塞、脳梗塞、不吉な病名が心中に去来する。
これまで病気一つしてこなかった母親だが、古希を迎えたのだ、何があってもおかしくはない。
佐々木は取るものとりあえずオフィスを飛び出すと、エンジンをかけるのももどかしく車を家へと走らせた。
門を開け、家の駐車スペースに車を滑り込ませると、佐々木は表玄関へと走った。
「かあさん!」
玄関を開けた佐々木の目の前には淑子を支えるように直子が玄関に座っていた。
「周平、何ですか、騒々しい」
すかさず小言を言われて佐々木は、「え、何やね……」と心筋梗塞などではないらしいと脱力した。
淑子は三和土に足を下して床に座り込み右足をさすっている。
「先生、さっき転んで、足を怪我されたみたいで」
直子が言った。
「え? 転んだ?」
「花器から枝が落ちていたから拾おうとして、足、滑らせただけです」
眉を潜めて足をさすっているようすから、かなり痛いらしいと佐々木にも察しが付く。
「もしかして骨折とかだと大変だし、やっぱり病院にと思って救急車を呼ぼうとしたんだけど、先生、大丈夫だとかおっしゃるし」
「救急車やなんて大げさな! 大丈夫です。時間がたてば……」
ほんとに骨折していたとしてもこの頑固な母親を救急車に乗せるのは至難の業だ。
かといって、実際骨折していたらまずいだろうと佐々木はしばし思案すると、思い出したように携帯で検索をかけ、一つの電話番号を見つけると、そのままコールした。
「あ、夜分にすみません、一番町の佐々木ですが、久乃先生いらっしゃいますか? え、ご旅行ですか……」
滅多に病院にかかることのない佐々木親子だが、佐々木の幼い頃からのかかりつけと言えばこの手塚医院しか頭に思い浮かばなかった。
内科外科の個人病院で院長の手塚久乃は夫とは早くに離婚し、看護師と二人だけで医院を切り盛りして子供を育てたという境遇で、淑子と同年配ということもあって、親しいというかお互いああいえばこういうの間柄だった。
たまに緊急なら時間外でも診てもくれたので、もしかしてと思って佐々木は電話をしてみたのだが、当の久乃がいないのでは仕方がない、やはりどこかの救急外来に連れていくしかないか、と佐々木が諦めかけた時、「おい、ひょっとして周平?」という声が電話の向こうから聞こえてきた。
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