「直子さんは一生懸命なだけやのうて、何でも卒なくこなさはるし、明るいし、できたお嬢さんやないの。周平とも仲ええみたいやけど、直子さんとはどないですの?」
佐々木は仕事が一段落したら、また直子に何かおごってやらないとな、などと考えていたので、淑子が一瞬何を言っているのか頭が回らなかった。
「直ちゃんと? え?」
ややあって、ようやく、ああ、そういうことかと理解した。
確かに二人でいるところを見たら大抵、カップルだと思われるのだ、淑子がそんなことを考えても無理はない。
「ああ、直ちゃんとは、そういう意味では付き合うてるわけやないし、仲はええけどむしろ長い付き合いで兄妹みたいな感覚やから、お互いに。………すみません」
「そうですの」
佐々木はバックミラーで後ろの淑子を見たが、それ以上は何も言わず、じっと目を閉じていた。
捻挫で一晩とはいえ、淑子には初めての入院騒ぎだ、自分の年のこともあるし、いろいろと考えてしまったのかもしれない。
毎日仏壇の前で、周平にええご縁がと手を合わせている淑子には申し訳ないが、残念ながら今のところ紹介できるような相手はいないのだ。
紹介できる相手、か。
ふっとそんな時に頭に浮かんだのは沢村の顔だった。
何、考えてるんや、俺は。
佐々木家が近づくと生垣から見える庭というより雑木林も晩秋の色を深め、そろそろ庭掃除を頼まなくてはと落ち葉だらけになっているのを想像して佐々木はげんなりしながら、これも古びた門構えの前で一旦車を停めて、携帯を操作して門を開ける。
前はギシギシと軋む音がひどく、加えて重かった門だけでもと、お茶のお弟子さんなど、車で来る人もいるので最近自動にした。
玄関左側は一応数台は車が置けるようになっている。
佐々木は大学を卒業してジャストエージェンシーに入社した年に、母屋の玄関を通り過ぎた向こう側に、自分用のガレージを作った。
ボルボは大学時代に中古で購入したのだが、結婚した年に新車に乗り換えた。
それが今のステーションワゴンである。
それも日に日に古びていくものだが愛着もあるし、まだまだ乗るつもりだ。
石川に使ってもらうのはかつて父親の部屋だったところを客間に造り変えたものだった。
隣の書斎はそのままになっていて、あまり人が出入りすることもない。
父親の蔵書というよりは、もっと博学だった祖父のものらしいが、佐々木の祖父祖母も淑子が嫁いだあと数年で相次いで鬼籍となっている。
もう何年も佐々木は稽古の時くらいしか母屋に来ることもないし、来てもキッチンやリビングの他は茶室くらいなものだ。
大掃除の時も使わない部屋はそのままだ。
この古い屋敷は、佐々木親子とさわのがいた時ですら広すぎた。
今佐々木が使っている離れでさえ、友香が使っていた部屋にはあまり入ることもないし、佐々木一人では広いと感じるばかりだ。
家は住む人間がいなくなると朽ちていくという。
いずれ淑子がいなくなり、自分がいなくなったら、この家も離れも朽ちるのだろう。
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