好きだから44

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「中川さんと佐々木さんは仕事でご一緒されていたようだし、スムースに進行できるんじゃないですか?」
 サンホールディングスの担当である増岡はこの業界でこれでやっていけてるのが不思議なくらい押しの弱そうな丸い顔に満面の笑みを浮かべた。
 ブライトンタイヤの広報部長に娘が水波のファンだからと強硬に粘られ、押しの弱さが裏目に出て、挙句、こういう事態になったらしい。
 それはもう言っても始まらないし、いずれにせよ水波を使うよりは大澤とアスカの方が仕事がやりやすそうだ。。
 佐々木はアスカや大澤の顔を見ながら頷いた。
「それでは八日後、二十五日午前十時からということで、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 結局四日しか猶予はないわけやな。
 アスカが秋山を伴って会議室を出ていくと、佐々木は心の中で呟いた。
「あれ、これって、アスカさんの携帯じゃないか?」
 スタッフの一人が出がけに椅子の上にあった、デコラティブな赤い携帯を取り上げた。
「ああ、そうや、それ、アスカさんのです。俺、ちょっと用もあるし、追いかけて渡しますわ」
 佐々木は携帯を受けとって、エレベーターへと急いだ。
 駐車場に降りて行ったはずだと、エレベーターがB二階で止まると、佐々木はアスカと秋山を追った。
 駐車場へのドアを開けたところで車に歩いていく二人を見つけた佐々木は声をかけようとした。
 それはもうほんの偶然でしかなかったのだが。
「あのクソオヤジ、興信所のヤツが沢村っちの周りをうろついてるだけでもうっとおしいのに、沢村っちとあたしの部屋、盗聴とかって、あり得ない! もう、佐々木ちゃんが可哀そうだよ」
 アスカの声が聞こえた。
「クソオヤジとか、やめなさい」
 秋山が窘める声がした。
「あら、失礼、沢村っちのクソオヤジ様」
「全く変換されていないでしょう」
「十分よ。沢村っちだって縁切ってるっていうんだし。だって、沢村っちは間違ってること言ったわけじゃないのにさ、トンチキのクソオヤジ様にむきになって相手が男だったらなんて口をすべらせちゃったことがおバカだっただけで、理不尽極まりなくない?」
「確かに、まあ、自分の息子が思い通りにならないからといって、周りを探らせるとか、不条理だと思いますよ」
 秋山は冷静に答えた。
「佐々木ちゃんの名前出さなかったことだけは、沢村っち、褒めてあげるけど。ほんと、佐々木ちゃんに迂闊に会ってクソオヤジに知れたら、佐々木ちゃんに迷惑かけるからって、会えないのも我慢してるしさ。いい加減、私と沢村っちが付き合ってるってことで納得して引き上げてくれないかな、その興信所のヤツもさ」
「興信所も仕事ですからね。ただし、今回のことでその興信所のヤツも足を踏み外しました。何より、アスカさんの部屋に盗聴器とか、いい加減工藤さんの逆鱗に触れましたから、もう手を引かざるを得ないようにすると思います」
 佐々木はそこまで聞くと、足を止めた。
 血の気が引くとはこのことを言うのだと、佐々木は他人事のように思った。

 


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