これでもう、沢村の声を聞くこともない。
でも、愛してた。
愛してた。
……愛してる!
無意識のうちにドアを開けた佐々木は、沢村を追いかけようとしている自分を、かろうじて押し留めた。
「何やってんのやろ、俺………ええ年して」
眠ろう。
とにかく今は。
呪文のように心の中で繰り返しながら佐々木は寝室に向かい、ベッドに腰を下ろし、目を閉じた。
いつの間に眠ってしまったのか、記憶がなかった。
朝になったようだ。
目が覚めた佐々木は、昨夜のコートのままなのに気づき、そして昨夜のことが現実だったのだと茫然と思い知った。
着ているものを脱ぎ捨ててシャワーを浴びると、もう出かけなくてはならない時間になっていた。
佐々木はごく普通にオフィスに向かい、ごく普通に仕事をしようとした。
しているつもりだった。
だが、やることなすことおかしな方向に行くばかりで、仕事ははかどるどころか、今までのデータを壊しかねないことに佐々木は苛立った。
お昼は直子に買ってきてもらった弁当を食べ、いつの間にか午後一時を過ぎた。
いつの間にか直子が、佐々木の弁当の空やお茶などを片付けていた。
自分のデスクに向かわなくてはと、自分に言い聞かせ、モニターを見つめる。
指定した色がデタラメだった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
映し出されているデータを見ているのに、認識できていなかった。
何をやっているのか、自分でも認識できていなかった。
何もかもがぐちゃぐちゃだった。
これではいけない。
頭のどこかで警鐘が鳴っている。
佐々木は立ち上がった。
「佐々木ちゃん? どうしたの?」
直子が訝し気に声をかけた。
知らないうちに立ったまま、また時間が過ぎていたようだ。
「何か、今日調子悪うて……、ちょっと気分転換してくるわ。直ちゃん、悪いけど、時間になったら、鍵閉めて帰ってくれるか?」
「うん、それは、いいけど、大丈夫? 佐々木ちゃん」
「ああ、平気」
街を歩いて頭を冷やすことも考えたが、とにかくここを離れたかった。
佐々木は愛車に乗り込むとエンジンをかけた。
朝から小雨が降り続いていた。
どこへ行くということもなく、首都高経由で用賀出口から環八へと適当に車を走らせる。
やがて第三京浜へと左折する。
午後のまだ浅い時間だから車はさほど混んではいない。
一〇〇キロくらいに落ち着いて走行車線を走らせていると、たまに一三〇〇あたりのコンパクトカーが隣から追い越していく。
コンパクトカーは小回りが利くものの、以前直子の車を借りて高速を飛ばしたことがあるが、何せ音がすごいし、振動もある。
沢村のサルーンなどとは比べ物にならないが、安定感、乗り心地からも古くても自分にはこの車がありがたい。
時折、軽までもが追い越していくのを見ると、頑張るよな、と感心してしまう。
音を入れてみると、直子がこの車を使った時にセットしたままのメディアからメタル系が流れてきた。
タイトなビートのヘヴィロックは今の佐々木には小気味よく響く。
地獄の鐘も鳴る、ってか?
今の俺にジャストフィット、いうやつ?
直子はコンパクトカーだろうが、ビュンビュン飛ばす派だ。
確かにこういうのをガンガン聞きながらなら、どこまでもやな。
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