カウンターの中に入った元気は、いくつかのオーダーをまとめて、だが優雅にこなしていく。
「おい、今日も一人なのか? バイトは?」
「ああ、紀ちゃん、夕方からきてくれることになってんですけどね」
のんきそうに元気は言うが、店内は一杯で、さらにドアが開いて、客が顔をのぞかせる。
「申し訳ありません、ただ今満席になっておりますので」
元気は丁寧にわびの言葉をかける。
朔也は黙ってカウンターの中に入っていった。
「これ、どのテーブルだ?」
「え、また、いいですよ」
「借りるぜ」
壁に引っ掛けてあるエプロンを取ると、朔也は手早くつけて、トレーにいれたばかりのコーヒーを載せる。
「すみません、これとこれ、右の奥です」
「よっしゃ」
どうやらこの店にくると、朔也はにわかウエイターをやる運命にあるらしい。
バイトの紀子にはまだ出くわしたことがない。
「次、どこだ?」
「真ん中の丸テーブルです。なんか、昼過ぎから急に混んできちゃって」
「この大雪の日に、よく出歩くよな」
ほとんどが観光客だ。
土産物の袋を抱えているからすぐわかる。
「ホイ、オーダー追加。カフェオレ一つ」
戻る時、隣のテーブルから呼び止められた朔也は、卒なくオーダーを聞いて元気に告げる。
「今夜はパーティなんで、四時には一旦店じまいするんですけど。そだ、お腹すいてません?」
「列車の中で食ってきた。………にしても雪、まだ降る気か?」
窓の方を見やって、朔也はふうと息をつく。
「ここ二日ほど降り続いてますよ。先週あたりまで雪なんて全然なかったのに。参りますよ」
「雪よけかぁ」
「そう。よけてもよけても積もってくれちゃって」
客の出入りが一段落すると、「どうぞ」と元気は朔也にストレートのモカをいれてくれる。
「おや、元ちゃん、新しいバイトさん?」
入ってきたのは商店街の奥様三人組だ。
時計屋のおかみさんがテーブルに落ち着く前に声をかけてくる。
「臨時です。いらっしゃいませ」
トレーに水をのせ、メニューを持って朔也は早速テーブルに向う。
「えっと、『今日のブレンド』にしようかな……」
「あたし、カフェオレ」
「ブレンドにするわ。あれ、あなた、あの人に似てない? ほら、何だっけ」
巨体を揺らして、一人の奥様が朔也に気づいてのたまう。
「ああ、そう、私も思ってたのよ、ほら、俳優で、何かのCMに出てる……」
「そう、あれ、あのドラマで、弁護士の役やってた…」
「えっと、川口………」
「そうそう! 川口朔也!」
かしましくも逞しげな三人の婦人たちに口々に捲し立てられ、朔也はいささか閉口する。
「はは、そうっすか? えっと、ブレンド二つとカフェオレですね、以上でよろしいですか?」
オーダーでごまかして切り抜け、カウンターに戻ると元気が笑う。
「朔也さん、なんか、ちょっと大人になった?」
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