ちょっと茶化して言ってみた志央だが、青い目の七海の視線はひどく冷たくて、志央の心をまた凍えさせる。
当然か、それだけのことをしたんだから。
岡野の番になると、急病で弾き手が変更になった旨を志央が伝えた後、みんなが見守る中、ステージに上がった七海は一礼してピアノの前に座る。
演奏が始まると、一瞬にしてホールは静まり返った。
大きな体の大きな指が軽やかに鍵盤の上を走る。
ショパンのポロネーズが七海そのままの力強いタッチで会場に流れていく。
やがて弾き終えると、ギャラリーの絶大な拍手と掛け声まで混じる中、七海は今度は即興曲を弾き始めた。
華麗なファンタジーが流れ始めると、「やるじゃん、あのヤロー」と志央の隣で幸也がボソリともらす。
さらに七海はプログラムどおり、最終演目のエチュード3番を弾く。
七海の指が奏でる甘美なメロディは、志央の一番奥にあるものを刺激する。
俺にはナイフみたいだ。
志央は胸に強烈な痛みを覚えた。
外科的な治療は不可能な痛みだ。
拍手が巻き起こる。
アンコールの声までかかるが、七海はぺこりと頭を下げ、とっととステージの袖に引っ込んでしまう。
と、そこに立つ志央と視線が絡まった。
「助かったよ、猫ふんじゃったじゃなくて」