「今夜帰るなんて言わなかった……」
ようやく離されて、勝浩は大きく息を吸う。
「こないだのお返し。クールなはずの勝っちゃんの涙が目に焼きついちゃって、オペラなんかてんで耳に入らなかった」
幸也は確かめるように勝浩の頬を指で辿る。
「な…に、バカなこと……」
祖父に伴ってウイーンからミラノに飛び、正味四日間も相手をしたろうか、大事な実験が待っているなどと理由をでっちあげて早々に戻ってきたのだ。
その行程ごとに勝浩にはラインに電話と、しばらく口を聞いていなかった分を取り戻すかのように言葉を交わした。
申し訳なかったのは七海にだ。
幸也を空港で見送ってから携帯に電話をすると、空港内でブラついていた七海は勝浩から事情を聞いて、「何だ~、ほんとかよ~」と喚く。
どうやら彼自身武人にだまされていたらしい。
勝浩が取材に出ていた武人を捕まえたのはその日の夜のことだ。
「ハハハ、やっぱナナちゃんも信じちゃった? いやあ、ほら、まず敵をだますにはまず味方からってあるじゃん? ちょとちゃうか~」
武人は一人大受けしている。
「七海はあんまし人を疑うってことしないヤツなんだから、ちゃんと謝ってくださいよ!」
「ま、いいじゃん、その荒療治のおかげで勝っちゃん、幸也のやつと仲直りできたんだろ?」
そうともいえるとは思ったが、勝浩はそれを口にしなかった。
「とにかく、タケさん、七海に今度会ったら、ちゃんとおごってやってくださいよ」
「わかったよん~」
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