花のふる日は16

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    ACT 4
 
   
 何だか目を覚ましたくなかった。
 体のだるさよりも精神的にずっしり重い石でも抱えていそうな気分だった。
 こういうのを、踏んだり蹴ったり、いうわけやな………
 三田村に昔、よう言われよった。
 
「男には気ぃつけんとあかんでぇ、小林」
 
 いつも、ふざけやがってと思うとった。
 一人で何かしようとすると、決まって、
「研二、一緒やないんか?」
 研二がいないと、まるでボディガードのようについてくる。
 アホやないか、思うとった。
 千雪はため息をつく。
 実際、夕方一人の時、後をつけられて襲われかけたことがあってからは、気をつけるようになった。
 それでも、まさかという思いが千雪の中にあった。
 まさか、本気で男に襲われるなんて、と。
 そのまさかが、京助だった。
「そや、いまさらや!」
 千雪はガバッとベッドの上に起き上がる。
「宮島教授には悪いけど、やっぱ極道は極道いうこっちゃ! おまけにあのイロボケヤロウ!」
 見回したが、そのイロボケヤロウの姿はなかった。
 蹴り倒した後の記憶はほぼないが、ドアの閉まる音を聞いた気がしたから部屋を出て行ったのだろう。
 やられた痕跡はないが、そのイロボケヤロウに触られた記憶はしっかりある。
 千雪はシャワーを使ってイロボケヤロウの気配を洗い流すと、棚につまれていたバスローブを勝手に拝借して部屋に戻り、窓に目を向けてみてようやく自分が今いる場所が東京ではないことに気づいた。
「どこやね……ここは」
 一面の雪景色、庭の向こうは林になっていて、どうやら山の中らしいと、窓から外を眺めて千雪は呟いた。
「起きなすったかい? メシ食いますか」
 いきなり後ろから声をかけられて、千雪は振り返る。
 作務衣を着た目つきはやはり只者ではない白髪の老人が、大きなトレーにスープやサラダ、パン、オムレツ、それにお茶のセットを載せている。
「ここはどこやね、おっさん」
 見ず知らずの人に対しての礼儀ぐらいは無論心得ているが、工藤の部下だと思うと、千雪はついぞんざいな言い方をした。
 老人は千雪より少しばかり目線が下がる程度だろうか、一瞬、ジロリと千雪を睨むように見た。
「軽井沢です。夕べ酔ってなさったから、覚えてないですかい」
 持ってきた食事をテーブルに並べながら、老人は言った。
 そういえば、と千雪は宮島教授の話を思い出した。
 養父母亡き後、工藤を育てたいう、ムショ帰りのおっさんてこいつか。
「食事終わったら呼んで下さい」
「ヨーグルト!」
「はぁ?」
 再び老人は千雪を振り返る。
「サラダ、ヨーグルトがないと食われへん」
 ちょっと間があったが、老人は「わかりました」と言って部屋を出て行った。
 もっとヤクザらしく凄みを利かせた返事を期待してわざと難癖をつけてみた千雪だが、ちょっと肩透かしを食らった。
「にしても、またここも古いけどゴージャスな別荘やな。北海道の京助んとこも、もちょいおったら探検しがいがあったんやけど、ここも負けてないで。家具も丁寧に使うてあるし」
 電話器だけは最近のもので浮いているが、椅子やテーブル、キャビネットやサイドボードの類も全てシックなダークブラウンで統一されたアンティークだ。
 壁に掛けられたビュッフェの油彩までが妙にしっくりと収まっている。
 ふとその横の小さな古びたデッサンに千雪は目を止めた。
 


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