名探偵というキーワード、さらに容疑者が、ぼさぼさ頭に黒渕メガネ、ダサいジャージという、どこかで聞いたような人相風体に、千雪はのんびり別荘で休養しているわけには行かなくなった。
どうしても気になった千雪は、佐久間の携帯を呼び出してみた。
「あ、先輩! 今、どこにいてますのん? 大変なことになってますがな!」
佐久間は携帯に出るなり、大きな声で言った。
「一昨日から山に篭ってエッセイの原稿やってたんや。さっきネットで見て、気になったよって」
「何、のんきなこと言うてはるん、テレビとか、あれやとまるで先輩が犯人みたいな取り上げ方で……」
千雪は携帯を切ると、タブレットをバッグに突っ込み、コートを掴んで部屋を出て階下に降りて行った。
工藤はダイニングでコーヒーを飲んでいたが、きっちりスーツを着込み、どうやら出かけるらしかった。
「おはようございます」
「おはようございます。すぐに用意しますから、座って待っててください」
平造が言った。
「あ、でも、あんた、社長さん、これから東京戻るんなら、俺も乗せてってほしいんやけど」
すると工藤はニヤリと笑う。
「朝飯くらい食う時間はあるぞ。九時には出る」
食事をするような気分ではなかったが、せっかく平造が用意をしてくれたオニオンスープ、パンケーキにヨーグルト添えの食事を見ると千雪は、急に腹が空いてきた。
どちらかというと普段はがっつり食べなくても平気だが、美味いものは別だ。
千雪がしっかり平らげ、コーヒーを飲んでいると、この別荘の電話が鳴った。
「はい、……先生って、どちらにおかけですか? こちらは軽井沢の工藤ですがどちら様? ……は? 講栄社? 高梨? 原稿?」
途端、自分宛だとわかって千雪はぎょっとした。
まさか高梨が電話をかけてくるとは思わなかったのだが、表示された番号にコールバックしたらしい。
「ひょっとして、あんたあてじゃないですかい?」
平造が千雪を振り返って聞いた。
「俺です、すみません」
千雪は平造から受話器を受け取って、電話に出た。
「ああ、すみません、今、知人の別荘にお世話になっているもので、………はい、わかりました。これから東京に戻りますので、戻ってからまたご連絡します」
受話器を置いてから、どう言い訳したものか、面倒だなと千雪は思う。
「社長、今夜は高輪の方にお帰りで?」
平造が工藤に尋ねた。
「そうだな、また、連絡する」
工藤はコートを取った。
「そろそろ行くぞ、先生」
さっきの電話の内容から茶化す工藤に、千雪は何か感づかれたかもしれないとは思うものの、この際そんなことは構っていられなかった。
「おおきに、お世話様でした」
平造に挨拶して千雪は工藤の車の助手席に乗り込んだ。
工藤は工藤で、平造が口にした内容から百パーセント小林千雪本人だと確信し、一度は諦めかけた小説の映画化を再び頭に思い描きながら、一路関越自動車道を東京に向けて車を走らせた。
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