久しぶりに出掛ける用もなく、広瀬良太は朝からデスクワークに没頭していた。
ここ青山プロダクションがある乃木坂も通りはすっかり色を変えた街路樹が秋の陽を浴びている。
会社の主な業務はドラマや映画の制作、タレントのマネジメント等で、良太の肩書は、社長秘書兼プロデューサーとなっているが、万年人手不足のこの会社でははっきり言って何でもやらないと回って行かない。
ワーカホリックの代表のような社長の工藤高広は今日もあちこち出かけてはいるが、珍しくここ数日東京にいて、夕方にはオフィスに戻る予定だ。
昼は最近気に入っている近くのマルネコ弁当で今日のおススメ弁当を買ってきて、良太は鈴木さんと一緒にのんびり過ごした。
「すっかりリフレッシュできたわ。ラグジュアリーなホテルライフと情緒豊かな景色の両方堪能できて、最高だった」
嵐山でしょ、銀閣寺でしょ、三千院にも行ったのよ、と鈴木さんは、先日娘のまどかと二人で行った京都の写真を携帯で良太に見せながら、すごくよかったを連発した。
「お天気も崩れなかったから、写真よく撮れてるでしょ」
良太も景色に混じって楽しそうな二人の笑顔を見て笑った。
「お食事も美味しかったし楽しかったし」
鈴木さんは幸せそうに笑った。
「あ、ここ、俺も一度行きました、美味しいですよね、川床料理」
「そう、京野菜なんかも色々いただいたの」
「俺、何回か京都行ってますけど、仕事メインだから、お寺とかほとんど行ってないんですよ。銀閣寺とか高校の修学旅行で行ったきり」
良太はふっと仲間とふざけ合った修学旅行のことを思い起こし、ちょっと笑った。
「良太ちゃん、川崎だったわよね? どちらの高校でしたっけ?」
「県立の川崎第一ってとこ。偏差値はまあまあ上の方だったから進学校ではあったけど、なんていうか、まあまあ、ってとこで、可もなく不可もなくってくらい? 俺は野球ばっかやってたし」
「ふふ、きっと可愛い高校生だったわね」
鈴木さんが笑う。
「いや、何ですか、可愛いって……」
今更だが仕事先でも舐められないようにと気を張ってはいるものの、慣れてくると、良太ちゃん可愛いから、なんて言われることはしょっちゅうだ。
「だって、面接で初めてここに来た良太ちゃんのこともよく覚えてるのよ」
「やだな、そんな昔のこと」
良太もそれはよく覚えている。
鈴木さんが優しそうな上品な受付の人だなと思ったら、出てきた社長は俺の伯父は中山会組長だとか凄みやがるし。
「ごめんなさい、ちょっとね、あら、高校生が面接に来たのかしらって、ひょっとして社員とタレントさんを間違っていらしたんじゃないかとか」
フフフと鈴木さんはまた笑う。
「ちぇ、どうせガキっぽかったです。あの時、初めてリクルートスーツとか着たんですよ」
良太は不本意ながら、鈴木さんには文句も言えない。
「工藤さん、はっきりおっしゃるでしょ? 伯父様のこと。だからいつも面接にいらしても大抵すぐ皆さん帰ってしまわれて、ほんとはね、今度も新入社員さんは難しいのかしらって思ってたのよ」
良太もその時の工藤の強面ぶりを思い出して、ハハハ、と笑う。
「あれじゃあね」
「でもほら、他のみなさんはそそくさとお帰りになって、高校生かしらって思った良太ちゃんが残ったでしょ? 頑張り屋さんなのねって感心したのよ」
がんばりやさん………
良太は思わず反芻する。
「だけどほんと、ご縁って不思議よね。その可愛いかった良太ちゃんが、今ではこの会社の司令塔ですものね」
思い切り持ち上げられて、良太は、「いや、司令塔なんて……ハハハ」と照れ笑いをする。
