MBCテレビ制作陣も力が入っていて、特に工藤の先輩格になるチーフプロデューサー紺野は工藤が局を辞めてからもちょくちょく声をかけてくれる、有難い存在である。
某反社会組織組長の甥という工藤の出自を気にせず工藤を後押ししてくれたのは、やはり先輩格だった鴻池もだが、紺野は竹を割ったような硬派だ。
タイミングよく、『大いなる旅人』の撮影は一週間後再開されることになり、今日明日はドラマの打ち合わせを除けば工藤としては久々のオフでもあった。
夕方五時頃、オフィスのドアを開けると、鈴木さんと良太が、お帰りなさい、と工藤を出迎えた。
良太は、弁当を食べてから『パワスポ』の打ち合わせに出向き、ついさっき戻ってきたところだった。
「変わったことはないか」
「順調です。今のところ」
いつものやり取りのあと、工藤はキャリーケースごと奥のデスクに行くと、座ってノートパソコンを立ち上げた。
「お疲れ様です」
鈴木さんがコーヒーを工藤のデスクに置いた。
「すみません。あ、鈴木さん、今年も夏休み三日しか取られてないし、今月あたりまとめて取られたらいかがですか?」
工藤は気にかかっていたことを口にした。
「ありがとうございます。そうですね、またその時はよろしくお願いします」
鈴木さんに対して、工藤が声を上げたりしたことは、良太がこの会社に入ってから一度もないし、それに対し方も丁寧だ。
まあ、鈴木さんには大抵みんなそんな感じになるよな。
「鈴木さん、今夜は何か予定がありますか? よろしかったら良太と一緒に食事でも」
工藤の提案に、鈴木さんは振り返った。
「あら、ありがとうございます。でも、今夜は娘と約束がありますの。どうぞ、良太ちゃんとゆっくりなさってくださいな」
「そうですか。ではまたの機会に」
工藤も無理にとは言えないのだが、何となく鈴木さんが遠慮したのではないかと思った。
そういう人の心の機微をさりげなく読むようなところが鈴木さんにはあった。
たまに社員と食事をなどとは思うものの、なかなか工藤にはそういう時間が取れない。
その分、工藤のいないところでも、時間が合う者たちで食事に行ったりするようにと、良太に言い含めてある。
むしろ工藤がいない方が羽を伸ばせるというものだろう。
ちぇ、俺には予定はないのかとか、聞かないのかよ。
二人のやり取りを聞いていた良太は心の中でちょっとむくれてみる。
が、結局のところ、工藤と言葉をかわせることだけでも嬉しかったりする。
良太が何か言おうとした時、工藤の携帯が鳴った。
「ああ、京都は来週だからそれまではこっちにいる。まだスタジオか? ああ、明日、『ブラン』八時だな、わかった」
ノートパソコンに向かいつつも耳を澄ましていた良太は、ヤギさんかな、と工藤の携帯の相手を想像した。
やがて鈴木さんが定時で帰ると、「あと一件電話したら、メシ、行くぞ」と工藤が言った。
「あ、はい、じゃ俺も、ちょっと部屋寄るんで」
ノートを閉じると良太は自分の部屋に上がり、猫たちにご飯をあげたり、トイレの世話をしたりして、洗面台の鏡でちょっと身だしなみを整えてから部屋を出た。
何がいいと珍しく聞かれたので、良太は、鮨! と迷わず答える。
フンと笑って、工藤はたまに行く『しのだ』へと足を向けた。
会社から十分とかからないところにある高級寿司店だ。
良太は『田園』の北海道ロケやドラマ『からくれないに』の撮影の報告をしながら、遠慮なく、エビ、大トロ、イクラ、ツブ貝、ウニ、と平らげていく。
工藤は時々、口を挟みながら鮨を食べ、ゆっくり冷酒を空けている。
良太は工藤とこんなのんびりした時間は久しぶりだな、などと思いながら、工藤が注いでくれる冷酒を口にした。
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