サンタもたまには恋をする19

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「だって、おいそれと買えるような値段じゃないんだぞ! こんな絵に! 第一火事で焼けだされて、あいつだって大変な時なのに!」
 するとさやかが高らかに笑う。
「あなたが気にすることないのよ。義行なんて『ライラックチョコレート』の主要株主なんだし」
「『ライラック』?」
『ライラック』といえば、チョコレートで有名な製菓会社だ。
「知らなかったの? 義行の家は『ライラック』の創始者一族よ。彼のオヤジさんが、今社長のはずよ」
「え………」
 がっかりしたような、寂しいような気持ちがない交ぜになって悠の心を支配する。
 なんだ、心配して損した。
 火事で焼け出されたっていうから、俺と似たような境遇だなんて、勝手に思い込んでた。
 俺を可哀相に思って、買ってくれたんだ。
 こんな絵、やっぱり、そうだよな……
 けど、マミって誰だよ! 美香とか直ちゃんとか、それから………ああああああ、もう、嫌だ! わけ、わかんねぇよ!
 悠の頭の中はぐるぐると壊れそうだった。
「あ、おい、ハル、俺ら帰るわ、そろそろ」
 高津が言った。
「高津、待って」
 腕を掴まれた高津が振り返る。
「あ?」
「俺も行く」
 何だか、もう、どうでもいい。
 違う、ここは俺のいるところじゃない。
「無性に、飲みたい気分」
「いいのか? 主役が抜け出しても」
「いんだよ」
 高津や悦子と一緒に、こっそり階段を使って、悠はギャラリーを抜け出した。

 

 会期中、藤堂はついにちゃんと悠と話すことができなかった。
「絵もじっくり見られないじゃないか。今日こそは時間を作って行くぞ」
 あの絵には驚いた。
 いつの間に、と考えたが、パリから戻ってきたあの夜しか考えられなかった。
 可愛いことをする。
 全く、あの坊やには振り回されっぱなしだ。
 ただ、気のせいかと思ったが、どうやら避けられているようだ。
 パーティの晩も途中で悠はいなくなってるし。
 一度、朝、オフィスを出たところで、ギャラリーにやってきた悠と階段で出くわした時もそんな感じだった。
「お……いい作品展になったな」
「藤堂さんのおかげです。それから、絵、藤堂さんが買ってくださったんですね、社長から聞きました。ありがとうございます」
「あ、いや、あのな……」
「じゃあ、もう時間なんで」
 もっと話したかった藤堂だが、ぺこり、と頭を下げると、悠は妙に他人行儀な素振りでそそくさとギャラリーに上がってしまった。
「やっぱ、俺の考えを見透かされて嫌われたかな」
 あの絵を描いたのは、居候させた礼に、という意味なんだろうか。
 藤堂は一抹の寂しさを覚えたが、首を振って階段を駆け下りた。
 いくつかの作品は売約済みとなり、ギャラリーとしても、たかが無名の学生の個展としては破格の大成功としか言いようがない。
「よ、ハル」
 午後には高津がまたやってきて、飯倉が来るかもしれないという情報をくれた。
「何でわざわざ来るんだよ。ちぇ、どんだけボロクソにご批評してくださるか、楽しみじゃねーか、飯倉のやつ」
 あくまでも好戦的な台詞を吐く悠に、高津はしょうがねぇなと呟く。
「しっかし、すげーじゃん、ビシバシ売れて、下のフロアの、ほら、ビルの屋上で俺が写真撮った、あれ売れたんだ?」
「ビシバシ……ってな……」
「あん時お前、ビルの端っこに立ってたから、自殺志願者と間違われて通報されて、逃げるのに一苦労だったもんなー。俺の苦労も報われたってことか」
「だからここの顧客だからってだけだ。じゃなきゃ、だれがこんな味気ない絵買うかよ」
 絵が売れたこと自体、悠はあまり納得できないでいた。
 自分の実力とは違ったところで話が動いたという気がして、違和感が拭えないのだ。
「いいじゃんか、売れれば。そういや、入り口のとこにある二〇号のバラも売れてたぜ。あれ、悦子がモチーフに使ってたやつだろ? あんなリアルなだけのドライフラワーが」
 高津の言葉に、悠は苦笑する。
 ここにある絵の中で、ひとつだけセンチメンタルな絵だ。
 あれが、あの時のバラだなんて、藤堂は気づかなかったろうな。
 思いもよらなかったのは村松幸蔵がギャラリーに現れたことだ。
「なかなか成長したな」
「ありがとうございます」
 一通り絵を見て回ったあと、声をかけた幸蔵に、悠は型どおりの礼を言った。
 おそらく、藤堂のうったギャラリーの広告の成果だろう。
 幸蔵はそれを見て、幼い時以来顔も見ていない息子の絵を一応見てみようと思ったのだろうか。
 母が見捨てたにせよ、酒と女におぼれ、母を不幸にした父親を悠は許せなかった。

 


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