好きだから1

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    ACT 1
 
 
 今年は暖冬といわれているが、十月も末ともなれば枯れ葉も舗道に舞うし、ビル風も明らかに冷たく耳のそばを吹き抜ける。
「う、さむ……」
 佐々木周平は思わずカーコートの前を掻き合わせた。
 スキーもやるし、吹雪の北海道へ仕事で行くこともある。
 だが、このビル風が昔から佐々木は苦手だった。
 大きめのストールはしっかり首に巻いているが、セーターをクルーネックじゃなくてタートルネックにすればよかったと思う。
 ショートブーツは、オフィスササキの唯一の社員である池山直子が選んでくれたがっちり系のドクターマーチンで、温かいから手放せない。
 しかしヒートテックを中に着たいというと、直子に即座に却下された。
「中に何着てるかなんて、誰もわかれへんよ」という佐々木に、「猛吹雪の中でスキーやる時とかなら許してもいいけど」という返答が返ってきた。
 コートのボタンを全部留めたいところだが、眉をひそめた直子の顔がちらついて我慢する。
 先ほどCMの撮り直しの打ち合わせで青山プロダクションを訪れた時、そこの社員でプロデューサー兼社長秘書である広瀬良太が、ビル風が吹きすさぶようになると風邪を引いてしまうのだというのに佐々木は深く同意した。
「俺は案外丈夫な体質やから、滅多に風邪を引いたりせえへんけど、ビル風は得意やないわ」
 そういえば去年、うっかりひどい風邪を引いてもたことがあったな。
 ふと、あれからもう一年になるのだと、佐々木は心の中で呟いた。
 あちらこちらに転がっているかぼちゃのディスプレイは嫌でもあの頃へと佐々木の思考を呼び戻す。
「そうか、明日はハロウィンか」
 それでか、と昨夜勢い込んで明日何とか会えないかと電話をしてきた沢村の焦った声を思い出した。
 アニバサリーというほどのことでもないだろうし、ここのところ忙しかった上に沢村とどこぞの令嬢とのゴシップ記事も気になってすっかり忘れていたのだが。
 沢村と初めて会ったのはちょうど一年前のハロウィンの夜だった。
 らしくもなく精神的に下り坂だった。
 そんな時に一人で深酒はやめた方がいいな。
 佐々木は苦笑いする。
 あの時はかなり酔っていた。
 でなければ見知らぬ男と気安くべらべらしゃべったりしないだろう。
 ましてや行きずりの相手と寝るなんて。
 佐々木の性分として、一緒にベッドに入るなら、どれだけかの時間を共有し、心を許しあった相手のはずだった。
 行きずりの、しかも男となんて、しかもしかもトモとしか名乗らなかったその男と恋に落ちるとか、今考えてもあり得ないだろう。
 どころか、その恋に溺れるなどという感覚を身をもって知らされるなど、当時は考えも及ばなかった。
 そのあり得ないことはハロウィンの一夜限りのラブアフェアに終わらず、未だに現実として歴然と、仕事以外の佐々木の大部分を支配していると言っても過言ではない。
 沢村のことは、初めは鷹揚で達観している大人で、佐々木を今の仕事に引き込んだジャストエージェンシーの社長春日のようにも思っていたところが、一歩踏み込めば何のことはない、時折駄々こねする幼児かというようなところもある傲慢でわがままなおぼっちゃまだった。
 でなければ、佐々木が税金対策で売ることにした土地を知らないうちに沢村が買い、しかも今度はそこに家を建てるとか、それこそあり得ないだろう。
 土地の件については、良太や直子やほかの面々も巻き込んで一旦は決着をつけたものの、家を建てる云々についてはまだはっきり当人から聞いたわけではなく、たまたま耳に入ってしまったことだった。
 無論土地を買った者がそこに何を建てようとその人の自由なのだが、佐々木にとってはその人間が誰なのかが重要な問題なのだ。
「ったく、何を考えてんのや、沢村のやつ」
 ついつい歩きながら口にしてしまう。
 佐々木のこれまでの三十年余りの人生は、母親は厳しかったものの、地主の家に生まれたというだけで商才もなく、病弱な割に女癖が悪く、妻の目を盗んで、佐々木が中学に上がるか上がらないかのうちに亡くなる寸前まで離れに女を連れ込んで遊び暮らした父親ののらりくらりとした性格を受け継いだらしく、どちらかというと緩やかな時間を生きてきた。
 父親も趣味と言えば絵を描くことくらいだったようだが、佐々木の感性は幼い頃から秀でた片鱗を現し、小学生の時に描いた風景や人物画はただ技巧だけでなく教師たちを唸らせるものがあった。

 


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