好きだから6

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 席を立ったものの沢村がその場で英語でしゃべりだしたので、他のみんなは口を噤んだ。
 ちょっと驚いたのは電話の相手だろう。
「おい、何だよ! 電話しろって言ったから電話したのに!」
 面食らった相手にはお構いなく、大事な取引先と食事会の途中だが、急ぎの用ならすぐに向かう、と英語でまくし立てると、球団の通訳が困っているらしいなどともっともらしい理由を付けてたったかその場を逃げ出した。
 電話の相手の良太には後日、もし相手がお前の言ったことをそのまま受け取ってマスコミがそれを流したらどうするんだ、と怒鳴りつけられ、案の定、数日後には沢村選手大企業令嬢と結婚か、のスクープとなった。
 というのが、事の顛末だ。

 
「バッカじゃない?」
 話を聞き終えたアスカが一言、ただでさえ忸怩たる思いの沢村を一刀両断に切って捨てた。
 沢村も返す言葉がない。
「まさか佐々木ちゃんの名前とか出してないでしょうね?」
「それはない!」
「だったら、今までにもそんなスクープはあったわけで、そこで何で小田先生? 沢村宗太郎に対する訴訟や名誉棄損なんてことになるわけです?」
 それまで黙って聞いていた秋山が口を挟んだ。
「問題はそこなんです。以前にも沢村宗太郎が興信所か何かを使って俺の調査をしていた節があって」
 途端に沢村は渋面に変わる。
「ああ、なるほど、今度もやるかもしれない、しかも佐々木さんを巻き込むかもしれないことを懸念しているというわけですね?」
「もう既に変な奴が周りをうろついてますよ」
 吐き捨てるように言うと、沢村は残りのブラウニーを一気に食べて紅茶を飲み干した。
「まあねえ、沢村っち人気者だし、親も心配してるんじゃないの? 子供に変な虫がつかないようにとか」
 アスカの言葉に沢村は苦笑いする。
「あの男はそんな殊勝なやつじゃない。昔は野球やるのを反対していたくせに、プロに入ったら今度は俺の名前をちゃっかり仕事に利用するようなやつだから。うちは最初から家族破綻してたのさ。親は政略結婚で互いに憎みあってた。それぞれ外に相手がいるし、俺もみんな嫌いだった。ただ、母方の祖父は、意に染まない結婚をさせた母のことを不憫がってた。学生の時付き合っていた相手が国境なき医師団に参加していたから、母のことを思って別れさせたらしいが、間違ってたってさ」
 最近付き合っている相手は、妻を亡くしたらしい当時の恋人だと母の彰子は沢村に打ち明けている。
 ボランティア団体などを立ち上げて、今は充実しているのだろう、息子のことも気に掛けようと思えるくらいに。
「そりゃ、不遇な子供時代でしたね」
「何が不遇なもんか。ガキの頃なんかピッカピカのシューズとか金かかったグラブとかバットとか見せびらかして、俺らボロ道具使ってる貧乏チームのこと散々バカにしてたくせに」
 秋山がちょっと同情を滲ませたが、やっと作成した書類をプリンターから取り出した良太が、横やりを入れた。
「そんなのお前、ガキの心理としちゃごく普通だろうが。要は才能と実力ってことだろ? バカみたいに直球しか投げないから俺にホームラン打たれるんだろうが」
「うっさい! 三振だって取ったさ!」
「まあまあ、仲がよかったのね、お二人は子供の頃から。お茶、お変わりいかが?」
 笑いながら鈴木さんが声をかける。
「ありがとう! もう一個もらおっと」
 アスカは綺麗な大皿に並ぶブラウニーをまた一切れ自分の皿に取った。
「それだけにしときなさい」
 放っておくと何個でも手を出すアスカに、秋山がすかさず苦言を呈する。
「わかったわよ。にしても、賢兄愚弟とかって腹立つ! 沢村っちの父親。でもさ、相手が男だとか言わないで、彼女がいるとか適当に言っとけばよかったのに」
 今更だが、それについては沢村も後悔したが、後の祭りだ。
「ああ、それは多分、俺が、京助さんのこと話したこともあるかも」
 沢村の横に座った良太はブラウニーを一切れ取って頬張ってから頷いた。
「京助のことって?」
「ほら、新年会だかで、京助さんが千雪さんのことをぶちまけたってやつ」
「ええ? 京助なんかのマネしちゃだめよ! あいつ昔っからジャイアンなんだよ? 高校の時に付き合ってた子の親が東洋商事の子会社勤務で、それを知った当時の社長がその子の親をどっか海外に飛ばしちゃったのよ、釣り合わないとかって理由で。それでキレた京助が、その社長をぶん殴ったって、もう有名な話。一族郎党京助のことを怖がってるし。だから、新年会に来てたどっかのアホ社長が、京助がもういい年だし結婚はとか何とか言ったもんだから、京助キレちゃって」
 アスカの言葉は京助が仇か何かのようにボロクソだ。

 


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