翌日、『からくれないに』の打ち合わせには、良太はそういう場所に出るのを嫌う千雪を何とか説得して、迎えに行った。
「わざわざ迎えなんかいらんかったのに」
「とかなんとか、迎えに行かなかったら、千雪さんバックレてたでしょう」
途端、ナビシートの千雪はむすっとした顔をする。
「何か、良太、工藤さんに似てきたんちゃう?」
「やめてくださいよ、あんなクソオヤジと一緒にするの」
今日の千雪はよれよれのジャージとスエットではなく、一応地味ではあるがブランド物のスーツを着ている。
必要以上に髪を掻きまわしたのはご愛敬だ。
曲のある千雪の髪はちょっと搔きまわすと鳥の巣状態になるのだ。
「けど、俺なんか顔出しても、誰も歓迎せえへんちゃう?」
「そんなことはわかりません」
「わ、臭いのん、来た、とかって、女優さん、逃げはったりするで? きっと」
「しません、仕事ですから」
「名刺出しても、受け取り拒否ったりとか」
「しません、仕事ですから」
千雪がああだこうだと逃げの口実を並べ立てるのに、良太は毅然ときっぱり否定する。
「なんか、良太、業界人間みたいや!」
「はい、業界人間です」
そんなやり取りをするうち、車はMBCテレビに到着し、駐車場へと入っていく。
「ここまできたからには、もう観念してください」
まだぐずっている千雪をナビシートから連れ出して、良太はエレベーターに乗せた。
「高雄って………」
エレベーターが上がり始めた時、ふっと良太は言った。
「高雄?」
「俺まだ行ったことないんですが、よく、北山杉なんかドラマとか映画に出てきますよね。なんか、風情があるっていうか」
「せやな。俺も好きやで。心が落ち着くいうか………、まあ、観光客がいない時やったらな」
「ああ、そうですよね、観光客、多いですもんね」
「何、行ってみたいん? ほな、一緒に行こか? これから」
良太ははあ、とため息をついた。
「はい、もう、着きました」
良太は千雪の腕を取ったまま会議室に向かう。
「原作者の小林千雪先生です」
会議室には局のプロデューサー、ディレクター、脚本家、そして主演の大澤流をはじめとする俳優陣がずらりと顔を揃えていた。
ロケから慌てて舞い戻り、すました顔で座っていたアスカも、ちょっと驚いた顔で、千雪と良太を見た。
老弁護士御園生を主人公とするシリーズの映画を最初に青山プロダクションが世に出してから既に三作が映画化されており、爆発的とはいわなくてもそこそこの興行成績を残しているが、そのヒットに乗じてこれまでもテレビ局数社で並行してドラマ化されている。
MBCでは御園生を映画より少し若目の設定で熟年俳優の端田武、手足となって動く若手弁護士海棠を大澤流がこれまでも演じている。
同じシリーズを他局では映画と同様ベテラン俳優多喜川誠と青山プロダクション所属俳優、志村嘉人のダブル主演で放映しており、流と嘉人は人気や演技でよく比較されているが、志村の方は極力原作に忠実に、大澤の方はどちらかというとアットホームさでより身近な雰囲気で人気があり、双方ともそれぞれ数字を残していた。
千雪は会議の間、何か聞かれても、はい、そうですね、くらいで、あとは少しうつむき加減で静かにしていた。
知らない人間は黒縁眼鏡や曲のある髪を掻きまわしたそんなところばかりに目が行って騙されてしまうのだが、千雪は眼鏡の奥でしっかり人間観察なんかをしていたりするのだ。
以前、一度映画の会合に千雪が顔を出した時も、ぼんやり隅の方にいて何も聞いていなかったような顔をしていたが、後でスポンサー陣に対する千雪のクソミソな悪口雑言、いや鋭い指摘に、良太は千雪に絶対侮ってはいけない底知れないモノをあらためて感じた。
打ち合わせが終わるとアスカやひとみは良太にちょっと声をかけてそそくさと帰ったが、千雪を送っていこうとした良太を大澤流が呼び止めた。
「良太、ちょっと」
「何ですか?」
すると大澤は良太に寄ってきて、小声で聞いた。
「なあ、あいつ、大丈夫なのかよ?」
「は?」
良太は振り返って、まだ座ったままぼんやりしている、あいつ、を見た。
「本谷さんですか?」
「そうだよ。なんか最近やたらあちこち出まくってるけど、今回の役って結構キーマンだろ? 事務所に無理やりやらされたドラマみたい、周りがよいしょしてフォローしてくれるような現場じゃねぇだろ?」
大澤としては最近しっかりした演技が定着して、この役にもかなり愛着をもっているようなので、ポッと出の新人にドラマを壊されたくないというのが本音だろう。
「大丈夫ですよ。本谷さん、人気だけであちこち出てるわけじゃないですから。どっかに姿をくらまして撮影に穴をあけるようなバカなことはしませんよ」
すると大澤は、「あ、やっぱお前、あの時のことまだ根に持ってるんだろ」と言い出した。
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