風そよぐ21

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 エンジンをかけながら、良太は別のことを考えていた。
 工藤って、部外者にわざわざ、これからどこに行くとか、そんなこと、言ったりしないよな。
 本谷が、工藤のスケジュールを知っているということで、良太にはまた一つ引っ掛かりが増えたのだ。
 ま、いいや。
 良太は考えるのをやめて、千雪をマンションに送り届けると、『パワスポ』の打ち合わせへと向かう。
 ぼっとしていると、またライターの大山あたりに嫌味を言われるのが落ちなので、自分を叱咤して、仕事に専念した。
 会議が終わったあと、下柳のところに差し入れを持って顔を出してから、小笠原と八時にオフィスで落ち合うことになっていた。
「たまに一息入れなよ。良太ちゃん、ちょっとここのところ、頑張り過ぎ。そんなとこまで工藤のマネするこたないんだからよ」
 案の定下柳は小笠原に飲みに誘われたと正直に話しても、むしろそんな風な態度で良太を気遣ってくれる。
 人には恵まれてるよな、俺。
 会社の駐車場に車を滑り込ませると、良太は階段を上がってオフィスのドアを開けた。
「おう、今夜大丈夫か? 良太」
 既に鈴木さんも帰っていたが、小笠原はソファで一人待っていた。
「お待たせ。大丈夫だよ」
「んじゃあ、今夜はパーッと行こうぜ!」
 振られたと言っていた割には、やたら元気そうな小笠原は、腕をぐんと伸ばして立ち上がった。
「カンパーイ」
 今日は俺のおごりだ、と小笠原は景気よくビールの入ったグラスを掲げた。
 良太ものっそりと小笠原のグラスに自分のグラスを当てる。
 小笠原とタクシーでやってきたのは、小笠原が昔はよく来たという三軒茶屋の二四六から一本入ったところにある、静かなイタリアンダイニングバーだ。
 二階の奥はパーテーションで区切られていて、落ち着いた雰囲気だ。
 木の形をそのまま生かしたようなテーブルや椅子は、オイル塗装をして深みのある色に仕上げてある。
「俺、メシまだだからさ。良太は?」
 アンティパストをつつきながら、小笠原は聞いた。
「ああ、俺もまだ」
「だったら、ここのピザうまいからあとで食おうぜ。その前に適当に頼んじゃっていいか? お前食いたいものあったら、言って?」
「たいていのものは食えるし、まかせる」
 トマトとアンチョビのサラダやサーモンのカルパッチョなど、小笠原はパパっといくつかのメニューとワインをオーダーした。
 リストランテのような気取ったメニューではなく、もっと気軽に食べられて飲める、どちらかというと客層でわかるように若者向けのリーズナブルな店だ。
「夕べさ」
 約一カ月余りの南の島での生活や撮影のこと、島の住民とすっかり仲良くなって、真中と二人で島中探検したことなど、ひとしきり話してから、小笠原は唐突に切り出した。
「満を持して、やっと彼女に連絡したわけさ」
「満を持してって、ちょっとニュアンスが違わないか?」
「いいんだよ、そんな細かいことは。まあさ、わかってたことだけど、ごめん、って言われた時は頭ン中真っ白」
 ハハハと小笠原は力なく笑う。
「俺さ、結構ちゃらんぽらんやってきたけど、アッチのつきあいってだけじゃなくてさ、彼女にはかなりマジだったんだぜ? はああああ。でもな、やっぱ、ここ数カ月、すれ違いばっかだったしな」
 小笠原の言葉の中のキーワードがまた良太の心の奥で引っかかる。
 良太は慌ててそれを振り払うと、愚痴を言いながらも顔つきが変わってきた小笠原を見つめた。
 俳優の顔とでもいうのだろうか。
 青山プロダクションに入った当初やたらお騒がせで良太が迷惑を被っていた頃と比べれば、小笠原はかなり品行方正になったといえよう。
 それは仕事の上での評価にも現れてきているようだ。
「俺さ、なんつうか、仕事に入ると、その役にのめりこんじまうってか、役そのものみたくなっちまって、つい、彼女との連絡もおろそかになったってか……さ」
 そのせいだろうか、取材だけでなく、観光客のSNSから広まったらしいが、ヒロイン役の若手女優とデキている風な記事をネットに流されたりしたのを良太も知っている。
「最初は彼女もそれ見て誤解したってこともあったらしいけど、俺も一回そのことでデマだからって言ったし……でもそれから、彼女なんか不安になっちゃったらしくて、まあ、今の彼氏に会って、傾いてったみたいで。まあ、よくあることさな」
 小笠原は二つのグラスにワインをこぽこぽと注ぐと、ゴクゴクと飲み干した。
「なんてーか、やり直せないかっても、言ってみたんだよ。でも、彼女、やっぱ無理だってさ。俺も、今の彼氏と幸せそうな画像、ネットで見ちまったし、心が離れてっちまった相手に追いすがっても、無意味だろ?」
 さっきから小笠原の科白は良太の胸にチクチク刺さる。

 


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