風そよぐ31

back  next  top  Novels


 俺はみんなに、期待されたかったわけじゃない。
 ただ、工藤に、少しでも期待されたかったのだ。
 今までは、ほんの少しでも、何か、そんなものがあった気がする。
 でも、今は、もう、何もかけらすらない。
「おーい、良太ちゃん?」
 目の前で宇都宮が手をひらひらさせている。
「どこかにトリップしてた? ただのコーヒーだよ」
「やだな、ちょっと考えちゃってただけですよ」
 良太は苦し紛れの笑みを浮かべた。
「そろそろ俺、失礼します」
「送っていくよ、ちょっと待ってて」
 宇都宮はキッチンを出ると自分の寝室に向かった。
 白いダンガリーのシャツをTシャツの上に羽織って出てきたところで、宇都宮はひとみに出くわした。
「おや、もう起きたんだ?」
「おはよう」
 何やらひとみの目に険しいものを感じて、「どうしたの?」と宇都宮は尋ねる。
「トイレに行く時、聞こえちゃったんだけど………」
「え?」
「あなた、何、考えてるの?」
「何って、何のこと?」
「すっとぼけて」
 ひとみは睨み付けた。
「トシちゃんがやな人間じゃないことは知ってるけど、面白半分で人の感情かきまわしたりしないでよね」
 すると宇都宮は目を見開いて、くすりと笑ってひとみの横を通り抜けた。
「ゆっくりしてて。良太ちゃん送ってくるから。冷蔵庫にあるもの勝手に食べていいからね」
 宇都宮はまめな男である。
 それは長年の付き合いからひとみも知っている。
 現に、昨夜みんなが死屍累々となっている中、鍋やらグラスやら後片付けをしたのは宇都宮しかいない。
 それに決して悪い男ではない。
「だけどね」
 ひとみは腕組みをして宇都宮と良太を見送った。
「それに絶対、良太ちゃんなんか変だわよ」

 また雨模様の予報らしく、空はどんよりとしていたが、早朝の道路はすいていて、車は静かに走りぬける。
「何か、いいよねぇ、朝のドライブって。すいてるし、ちょっとぐるっと回ってみようか。まだ時間あるっしょ?」
 宇都宮は笑みを浮かべて、首都高へハンドルを切った。
 本当は一晩留守にしてしまって、猫のことが気になっていた良太はすぐにも帰りたかったところだが、せっかく宇都宮が機嫌よくドライブを楽しんでいるのに水をさすようで口にできなかった。
「午後から映画の撮影でしたっけ?」
「ああ、今月いっぱいね。来月の小樽ロケには良太ちゃん同行するの?」
「ええ、折を見てまた伺います」
「じゃあ、それまで良太ちゃんの顔見れないのか。残念」
 また冗談ともつかない、意味深なセリフを宇都宮は口にする。
「ハハハ、俺の顔見たって面白くもなんともないですよ」
「あるよー。俺のモチベーションをぐんと上げてくれるしさ」
「こんな顔でお役にたてるんなら」
 来週からはもう、『からくれないに』の京都ロケが始まる。
 『大いなる旅人』も来月半ばくらいまでは京都での撮影となっている。
 『からくれないに』はほぼ良太に丸投げ状態だから、良太も、こちらでの仕事の合間を縫って、顔を出さなくてはならない。
 ちぇ、工藤さん京都にいるんだから、ドラマの方にも顔出せばいいだろ。
 別に俺なんか行かなくたってさ。
 また、本谷の様子気になって工藤が来たりとか、あんまり見たくないし。
 何となく、ほんとになりそうで嫌だ。
「どうした? また何か考え込んでる?」
「あ、いえ、猫たち、一晩ほっといたから、ちょっと」
「そっか、にゃんこちゃんたちには勝てないよな~」
 湾岸を走っていた宇都宮は、そういうと乃木坂方面へとハンドルを切った。
「どうもありがとうございました。すっかりお世話になっちゃいまして」
 会社の前で車を降りた良太は、ぺこりと頭を下げた。
「なんの、良太ちゃんならいつでも大歓迎。じゃ、シェアの件、考えといて」
 宇都宮は車の中からそう言って笑った。
「あ、……はい」
 シェアって、やっぱおいそれとは無理だろ。
 良太は走り去る車を背に、警備員と挨拶を交わしながら足早にエレベータに向かった。
 まだ八時を過ぎたところだから、ちょっと時間はある。
 猫たちにご飯をやって、トイレを片して、シャワー浴びて、と。
 そんなことを考えながら部屋のドアにカギを差し込んだ時、隣の部屋のドアが開いた。
「あっ、おはようござい……ます」
 いきなり現れると思っていなかった工藤に、良太は一瞬固まった。
 てか、帰ってたのかよ。
 工藤はいつものように眉をひそめて良太を見下ろした。
「朝帰りか? プライベートに口を挟むつもりはないが、仕事に差しさわりのないようにな」
 それだけ言うと、工藤はたったかエレベーターに消えた。
 良太はしばし、立ちすくんだまま、工藤が消えるのを見つめていた。
「な……んだよ、それ!」
 ようやく我に返って良太がドアを開けるなり、なーーーーーん、と二つの猫がとことこと駆け寄ってきた。
「ごめんよーーー、ほっぽっといて」
 しばらく猫を撫でてやり、カリカリを二つの器に分け与えると、猫たちははぐはぐと懸命に食べ始める。
 こうやって食べているを見てるのが一番和むよな。

 


back  next  top  Novels