本谷は良太のことを心配したと同時に、一目散に良太に駆け寄った工藤のことが頭から離れなかった。
すさまじい形相で、救急車と叫び、そして良太の頭を恐ろしく愛おし気に抱き抱えていた。
怒鳴りつけたりはしょっちゅうだが、普段の工藤は怖い顔でも何を考えているかわからない雰囲気だった。
その工藤が、あれほど感情をむき出しにしたのを、本谷は初めて見た。
そのままバスでマンションまで送ってもらった本谷は、その日は撮影後は久々のオフになっていた。
ここのところずっと忙しいばかりで、部屋には寝に帰るくらいだったが、たまにオフと言われても、大抵部屋でぼんやりしているか、洗濯くらいする程度だ。
せめて二日三日休みがないと、なかなか掃除までやる気になれない。
マネージャーの浜野は、お掃除ロボットでも買えばいい、などと言っていたが、床に放り出してあるものをまず片づけないことにはお掃除ロボットも動けないだろう。
本や雑誌、脱いだ服、一つあるソファの上には洗濯物の山。
「いくら忙しくても、ここまでじゃなかったよな」
会社員時代を思い出して本谷は呟いた。
週二日は休みがあったから、一日は掃除洗濯にかかっても、あと一日は彼女や友達と出かけたりもした。
それが今や、彼女には振られる、友達とも滅多に会うこともない、これではいつか孤独死する。
本気でそんなことを考えてしまう。
リーマン時代から住んでいる二DKのマンションは、最寄り駅まで五分、スーパーも近い、病院も歩いて行けるところにある、本谷にとっては住み心地のいい部屋なのだが、浜野はそろそろセキュリティが万全のマンションに越した方がいいという。
「最近、かなり人気でてきちゃってるからね、女の子、甘く見てたら手痛い目に合うよ」
そんなのまさか、なんて思ってた。
ついさっきまでは。
「でもあんな事故、俺のせいで、しかも広瀬さんが……容態はどうなんだろ、工藤さんにも聞けないよな、オフィスに電話してみようか」
何をする気にもなれず、リビングの床に腰を降ろしたまま、ずっとそんなことを考えていた。
歩道に横たわった良太を抱きかかえる工藤の顔がまた蘇る。
ぼうっとしていた本谷は、急に鳴り出した携帯の音にびくりと首を竦めた。
「はい、あ、俺は大丈夫ですけど、さっきバスで送ってもらって」
浜野からだった。
ローカルニュースで今朝の撮影現場の画像とともに事故のことがチラッと流れたらしく、心配して連絡をしてきたらしい。
「広瀬さんがケガしたって? スタッフ関連からも連絡入って、お前のファンがどっと押し寄せて、広瀬さんが一緒に怪我したっていうからさ」
「あの、女の子が押されて車道に倒れそうになったのを広瀬さんが庇って歩道に倒れ込んで、女の子は怪我はなかったみたいなんですけど、広瀬さん、まだ容態わからないらしくて、俺心配で」
「まいったなあ、ニュースより、SNSで拡散してんだよ、本谷のファンがケガしたとか、ファンが押したスタッフがケガしたとか、デマだか事実だかわからないようなのの中に工藤さんが怒鳴っているのもあって……よりによって怪我したのが工藤さんとこの広瀬さんとか、ああ、うちにも怒鳴り込んできそうだなあ、工藤さん」
「え、そんなことになってるんですか? すみません」
本谷は驚いた。
そういえばさっきから携帯も見ていなかった。
浜野は悪い男ではないが、少々小心者のところがあって、上の顔色を窺うのが常だ。
ただ、タレントのことは色々考えてはくれるのだが、もう一人抱えている女優の小佐田亮子が結構精神的に弱いところがあって、少々ウツも入っているというので、最近、そっちにかかりきりという現状なのだ。
「いや、本谷が悪いってんじゃないから」
「それが今朝、俺、時間間違えて遅れてしまって」
「え、まさか撮影遅らせちゃったとか?!」
浜野が焦っているのが電話越しに伝わってくる。
「いえ、それは何とか……」
すると長い溜息が聞こえた。
「ちょっと部長に話してみるわ。とにかく、さ、お前、引っ越し考えた方がいいぞ。まあ、そうだな、今のドラマが終わったら、少しは時間取れるかもだしさ」
「はあ、そうですね、考えてみます」
携帯が切れると、本谷は気が気でなく、すぐに青山プロダクションに電話を入れた。
青山プロダクションオフィスでは、やきもきしながら電話を待っていた鈴木さんが、コール二回で電話に出た。
「あ、はい、本谷様、あいにく広瀬も工藤も今日はオフィスに戻っておりませんが……」
本谷という名前に反応したのは、傍でお茶を飲んでいたアスカだった。
「あたし出るわ」
アスカは鈴木さんから受話器を受け取った。
「中川です。本谷くん?」
「あ、すみません、広瀬さん、どうですか? 俺、心配で………」
本谷はアスカが出るとは思っていなかったので少し驚きながらも尋ねた。
「大丈夫みたいよ。さっき病院行ったら、検査したけど、脳震盪だって。今夜一晩は病院だけど。ありがとう、わざわざ」
それを聞いて本谷はほっとした。
「よかった……。なんか、俺のせいで、ホントに、すみません」
「あなたのせいじゃないから、そんな、気にしないで。良太はちょっと忙しすぎだったから一日二日休んだ方がいいのよ」
「あの、俺、お見舞いに……」
「ああ、ほんとに気にしないで。今、工藤さんがついてるし、大丈夫、ありがとう」
「あ、じゃあ、お大事になさってください」
本谷は電話をきってから、しばらく放心状態だった。
工藤さんがついてるし。
アスカがさらりと言った言葉は、本谷の推測を裏打ちするものだった。
社長が社員を思ってくれるってのは、あることかもしれない。
「けど、社長が、しかもあの、工藤さんが、いくら大事な社員といったって、ついているって……やっぱ………な…」
そういえばと、京都でのアスカとひとみの会話を思い出した。
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