ACT 2
何でこうなるんだよ。
とは、良太の心の中の呟きだ。
ゴールデンウイーク明けに、オフィスで千雪とまったり愚痴り合いをしていた時に何となく感じたイヤーな予感。
あれからちょこちょこと『田園』の撮影の時にはいろいろあった。
デビューが十三歳なので二十二歳と言っても既に芸歴十年目の竹野にしてみれば、本谷などは駆け出しもいいとこだろう。
主演の宇都宮が在籍する病院に勤務する医学部の後輩という役どころだから、本谷が竹野に絡むことはないと良太は思っていたのだが。
いつの間にか、高校を卒業し大学進学で上京した竹野が、宇都宮を訪ねて勤務する病院にいくという設定の際、宇都宮を探して病院内をうろつく竹野を見とがめて注意する本谷というシーンが入っていた。
ここで竹野が本谷の台詞回しをこき下ろして、数回リテイクということになってしまったのだ。
本谷は懸命に科白を口にするのだが、そのたびごとに、竹野が、「何それ」とか「ちょっとそんな大きな声出されちゃ、あたしまで激高しなくちゃならなくなるでしょ」などと言ってくれるので、撮り直しは必須だ。
「幼稚園のお遊戯会じゃないんだから、しっかりやってくんない?」
挙句は工藤も真っ青なダメ出しをして下さる。
本谷がリテイクするごとに余計に硬くなってしまっていることに気づいた良太は、ディレクターのカットがかかってすぐ、「皆さんお疲れのようですし、中川から美味しい肉まんの差し入れがあるんです。少し休憩取られてはいかがですか」と口を挟んだ。
「ああ、賛成! おなかすいちゃって」
一番に手を挙げたのは、宇都宮の妻役で傍らで撮影を見ていた山内ひとみだった。
「よーし、三十分ほど休憩にしよう」
ディレクターも何やらほっとしている感じである。
ディレクターの溝田は坂口とは顔なじみで、温厚でも締めるところは締めるという骨太の性格だが、ちょっと竹野には手を焼いているようだった。
竹野の指摘は間違ってはいない。
だが、大物であろうと誰であろうとその物言いがきつすぎるので、一緒にやっている俳優たちは気を遣って緊張するか、下手をすると言い争いにもなりかねないのだ。
「さすが、良太ちゃん、グッドタイミング!」
ひとみが肉まんを手に、良太の肩を叩いて、こそっと耳打ちした。
「本谷がまだまだだってのはわかってても、あの言い草はないよね。竹野とかにもろに言われたら本人気落ちしちゃうだけじゃない」
ちょっとひとみはイラついているようすだ。
「いや、何か本谷さん見てると、俺、身につまされちゃって。前にほら、アスカさんと代役でドラマとか出た時、もう何度もリテイクで、周りの俳優さんたち怒り心頭だったから」
苦笑交じりに良太は言った。
「あら、みんなそうやって大きくなっていくのよ。本谷なんか、前のドラマで工藤にクソミソに言われてから、結構奮起したじゃない。セリフはまだしも、演技や表情に重みが出てきたし。あの子、そのうち化けるわよ」
二人がこそこそそんな話をしているところへ、宇都宮がやってきた。
「何こそついてるんだ? 俺も仲間してよ」
「最近、付き合い悪いのはトシちゃんじゃない」
ニヤニヤと笑う宇都宮に、ひとみが言い返す。
「いやあ、舞台もつい数日前まであったしね。これからはじゃんじゃんいきますよ、と言いたいとこだけど、最近疲れっぽくて、やっぱ年かな」
「やめてよ。世紀のイケメンの科白じゃないわ」
二人は年も近く、今まで何度かドラマや映画で共演しているらしく会話も親しげだ。
「あ、そうだ、良太ちゃん、暑くなる前に、鍋の約束してたよね」
「ええ、してましたっけ?」
宇都宮に急に話を振られたが、良太はすっとぼける。
「またまた、うちで鍋しようって話、忘れたとは言わせないよ」
「あら、いいわね、あたしも混ぜて」
飲みの話と聞いてひとみが割り込んでくる。
「お、いいよいいよ」
ひとみと宇都宮の二人はすっかりその気になって、いついつがいいなどとスケジュールまで確認し始めた。
「良太ちゃんのご予定は?」
宇都宮が聞いた。
「俺ですか? もうそれこそ、これの撮影じゃない時は、ドキュメンタリーの制作にかかわってますしね」
「んじゃあ、鍋する時、また声かけるから、ちょっとでも時間作っておいでよ」
「はあ、わかりました。その時の状況で」
ひとみが一緒なら、まあ、いっか。
いや、別に宇都宮から距離を置いているつもりはないし、これも仕事のうちだと思えばなのだが、やはりその時の状況が問題だろう。
とにかくそれが一昨日のことだった。
back next top Novels
