「工藤さんなんだって?」
良太が席に戻ると、志村が聞いた。
「HIDAKAのCM、俺、担当になります」
「ああ、さっき聞いた。大丈夫? 結構仕事詰まってるんじゃないの?」
「まあ、工藤さんほどじゃないですし、ただ、プラグイン、河崎さんなんですよね」
「ああ、それこそ元英報堂エリートの?」
「藤堂さんは話しやすいんですけど、河崎さんは………。ほら、前にイタリア行ったじゃないですか、あの時、ビシバシきましたからね」
良太にとっては黒歴史でもある、初めてのCM出演だ。
その後も工藤の代理で一緒に仕事をしたことはあったものの、担当としては初めてということになる。
「ああ、良太が出たカフェラッテのCM?」
「でもあれ、実際評判よかったよね。ドラマも」
隣の小杉が言った。
「やめてくださいよ、俺の黒歴史なんですから」
「良太は俳優もやってるのか?」
向かいの匠からそんな質問が飛んでくる。
「いや、一度ね、ピンチヒッターで。最初で最後」
「そうなんだ。最初見た時、てっきり新人俳優かと思ったけど」
サラリと匠は感想を述べた。
「あの、何でそこで新人、がつくんです?」
「いや、雰囲気新人っぽいってか、可愛いから」
良太は手にしたビールを吹き出しそうになった。
あんたに言われたくないぞ。
そのお人形さんのような可愛いツラして。
「確かに、可愛いよな、良太は」
志村が笑うのにつられるように小杉もハハハと笑う。
「ちょ、やめてくださいよ、俺、もうアラサーで」
「うん、良太ちゃんは可愛いよ」
奈々までが話を聞きつけて断言してくれる。
「奈々ちゃんにまで言われたら俺立つ瀬がないよ」
またどっと笑いが起こる。
天才能楽師なんてどう対応したらいいだろうなどと尻込み気味だった良太だが、最初はちょっと違和感ありだった匠は普通に周りと馴染んでいる。
タカヒロ! にはちょっと引っかかるけどさ。
工藤がいない時はおそらくまた良太が顔を出すことになるだろうことはわかっていたが、山之辺芽久や竹野みたいな癖のある俳優と匠は違うようで、良太はほっとしていた。
『大いなる旅人』は小笠原でなくても、良太も気になる映画で、少しでも関われることは嬉しかった。
一行はまた高雄に戻り、やがて撮影が再開された。
匠は日比野の話を聞いて良太が思っていた以上に、舞のシーンにはこだわりをもって臨み、何度もテイクを重ね、時には日比野と言い争うかのように、時に舞の仕草を実際に示しつつ、一つ一つ丁寧に創り上げていく。
ヤギさん並みだな。
そして一つのシーンがこれぞとなった時、カットがかかるまでの舞の優美さは、芸術などにはトンと縁がない良太にも、十二分に伝わってきた。
ホンモノだ。
朗々と謳いあげるように響く声は、さっき話している匠とは全く違って、どこか人間離れしている気がした。
科白はどうなんだろうという疑念も、すぐにどこかへ消し飛んだ。
さすが千雪さんの紹介だけある。
ん? あれ? タカヒロなんて言うから、そっちに気を取られてたけど、千雪さんじゃなくて、研二さんの知り合い?
それでも、予定していたカットの撮影は予定の五時より一時間ほど早く終わり、終わった途端、スタッフ共々固唾をのんで見守っていた俳優陣も、緊張の後の解放感を感じたようだ。
工藤はあまり口を出さず、匠と日比野のやり取りや撮影をじっと見つめていた。
工藤も匠をホンモノだと思っているからだ、と良太は思う。
良太も工藤と何年かのつきあいで何となくわかってきた。
ホンモノと思う相手には文句は言わない。
竹野に対してもそうだった。
竹野は工藤に何か言ってほしかったようだが、工藤はそれだけ竹野を認めていた。
逆に、ひどい芝居を見せられた日には、文句を言ってよくなればよしだが、ガンガン言ってそれでもあまりにどうしようもない時は、主役であろうがキャストを降ろしてしまう。
昔、工藤がとある人気女優を降ろしたところに出くわした良太は、工藤にこそっと文句を言ったことがあったが、今ならわかる。
本谷に対しても学芸会以下と最初はひどい言い草だった。
撮影からオフィスに戻ってきた工藤からは殺気さえ感じられた。
だが、彼の場合は、大手が本谷のために用意したドラマで、しかも工藤は知り合いに頼みこまれての仕事だった。
でなければとっくに降ろしていたかもしれない本谷だが、工藤の予想に反してか否か、打たれ強かった本谷は、学芸会以下から辛うじて這い上がり、何と、CMも数本、ドラマもちょくちょく出るたびに徐々に力をつけてきた。
一生懸命で伸びるだろう本谷だからこそ、気を使ってやったのだ、と思う。
多分、そうだと、思うんだけど。
ちょっとそこにはまだ引っ掛かりはあるが。
って、何、俺、工藤の弁護みたいなこと考えてんの。
「じゃあ、明後日からは嵐山の方に移動するので、よろしく。明日は一日、英気を養って」
日比野の言葉にスタッフが沸いた。
「いつまでこっちいるんだ? 良太」
匠が良太に声をかけた。
「ああ、明後日の昼までには東京に戻らないと」
「そうか。明日は?」
「明日はちょっと現場を見ておこうかと思って、嵐山とか」
「少し早く終わったから今からでも行くぞ」
匠との会話に工藤の声が割り込んだ。
「え、今からですか?」
「タクシーを呼んだ」
「はーい。じゃ、お疲れ様です」
「おう」
匠は軽く返事をして日比野とともにホテルに向かった。
ったく、強引って言わないか?
ちょっと休んだって罰は当たらないと思うぞ。
心の中でグチグチと言いながら、良太は何かまだ話したそうな匠にちょっと頭を下げ、工藤の方へと歩み寄った。
「もう行くんですか?」
「何かまだ用があるのか?」
「いえ、別に」
良太は立ったか歩く工藤の後を早足で歩く。
工藤が先にタクシーに乗ると、良太も続いて乗り込んだ。
「パークウェイから嵐山行ってください」
工藤と良太を乗せたタクシーは、高雄口ゲートから嵐山高雄パークウェイに入った。
嵐山まで一〇、七キロのドライブコースである。
車で来てれば走ってみたかったと思った良太だが、まさか工藤が良太を連れて行ってくれるとは思ってもいなかった。
back next top Novels
