夏を抱きしめて20

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「誰がだよっ! 俺は………」
 深いキスが元気の言葉を遮った。
「あんな女とどうかなるわけないって」
 幾度も幾度もついばむように、キスが繰り返される。
 とびきり甘く。
 ああ……
 元気は心の中で呟く。
 結局こいつの腕の中に戻ってしまった……。
「やば……」
「おい……! これ以上、無理だからな」
 心地よくまどろみ始めていた元気は、言わずもがなの豪の主張に眉をひそめる。
「こっちも無理だ……引っ込みがつかない」
「何だとこの……!」
「好きだから……元気だけだから、な?」
「……な、じゃねぇだろ………」
「……元気……」
 耳元で囁かれる豪の声に、ドクン、と元気の身体の中を甘い戦慄が走った。

 くしゃくしゃビリビリになったスーツにガックリ肩を落とした元気に、平身低頭で、弁償するから、とひたすら機嫌をとるパンツ一丁の豪の姿が見られたのは、カラリと晴れてまた熱帯夜を更新するだろう、という夏の朝のことだった。

「お前ら、ちゃんと反省しろよな、みんなをきりきり舞いさせて」
 珍しく迷彩服の上下、しかもかなり余っている、を着た元気の前で、腕組みをしながらのたまったのは、昼になって豪の部屋を訪れたみっちゃんだ。
「悪い、さっきも将清や優作に電話で謝ったし」
 元気が苦笑いでコーヒーをすする。
「ったく、行ってみれば、赤坂プロの社長が倒れてるわ、そばに一平が突っ立ってるわ、一体何ごとかと思ったぞ」
 みっちゃんは仰々しく大きなため息を吐く。
「あのオッサン、絶対イカレてたぜ」
 思い出して振り払うように元気は首を振る。
「有無を言わせず殴ったのはこいつ」
「おい、元気ぃ……」
 素早く容疑者を差し出す元気に豪が哀れな声ですがる。
「一平にも礼を言っとくんだな。元気にあいつが襲い掛かるところを携帯で撮った、って言ったら、オッサン、すごすごと逃げてった」
「うう……」
 笑うみっちゃんに、神妙な面持ちで豪が呻いた。
「心配するな。うちの顧問弁護士とも話してたんだが、やつとは一度決着つけなくちゃならない。もうお前につきまとったりしないようにな。あいつ、例の海賊CD手に入れてそれをまたコピーして売りさばいてたって証拠も掴んだ」
「お前のえげつなさには夕べのオッサンも負けるさ。よろしく頼むわ。みんなにもとばっちりだったな」
 元気がさらりと言った。
「何だよその言い草は。まあ、確かに、うちも迷惑を被った。何しろ『幻のギタリスト』ってのが、実はとっくにやつの手を離れて一人歩きしてたんだ。しかもとっくにこの業界じゃ定着しちまった」
「いい加減にしてくれ」
 元気は怪訝な表情でみっちゃんを見やる。
「そこでだ」
 みっちゃんはもってきた封筒から何やら書類を取り出した。
「ここに元気のサインをくれ」
 みっちゃんは取り出した用紙を指でトントンと示す。
「え?」
 渡された紙をまじまじと見た元気は、「何だよこれ、契約書って…」と声を上げた。
「今回の件のような迷惑を被ることがないよう、お前にはそこにサインをして、晴れてうちの社員になる義務がある」
「おい、姑息だぞ!」
「頭脳派と言ってくれ」
 元気の抵抗もみっちゃんにはどこ吹く風だ。

 


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