鬼の夏休み19

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「だけど、母親も恋人も自殺したとか、普通だったらちょっと耐えられないですよ。だから、工藤さん、自殺って言葉に過敏で、前に長年一緒にやってきた業者さんが自殺された時、かなりダメージくらったみたいで、業者さんに少しでも仕事回すようにって、いきなり前にもましてシャカリキになって仕事入れたりして」
 はあ、と良太はため息をついた。
「そうか。工藤さんそういう義理難いとこあるしな。けどまあ、昨日から夏休み珍しゅうとらはったんやろ?」
 千雪は頷いた。
「はあ、何か若いタレントが風邪でドラマのスケジュールに穴をあけたとかで、怒ってましたけど、ちょうど休みになったからよかったっていうか、急に軽井沢行くって言いだすし」
 良太が呆れ顔で話すと千雪は笑った。
「そんなら、ええやん、仕事忘れて羽伸ばせば」
「ですね。さっきも昼寝するとかって」
 良太はちょっと、ほっとしたのだ。
 少しでも休めればと。
 美味しかったクロワッサンを中心にパンをいくつか買い、支払いを済ませてカフェを出ると、千雪を助手席に乗せて、良太は綾小路の別荘へと車を走らせた。
「ほな、ごちそうさん」
「スーツのフィッティングに付き合っていただいてこの程度でもうしわけないですけど、今夜は千雪さんも何か手伝ったりするんですか?」
「俺は何も。足手まといやて言われるだけやし」
 良太はハハハと笑う。
「フン、これからシルビの散歩にでも行ってあとは部屋で俺も昼寝でもしよ」
「千雪さんも暇なんですか? 今」
「まさか。教授に頼まれた論文のてったい、なかなか終われへんし」
 そういう割には危機感がなさそうだ。
「それで昼寝していて大丈夫なんですか? いつまでこちらに?」
「うーん、明後日かもっとか?」
「いいなあ。仕事を離れてこんなとこで、目いっぱい心の洗濯したい!」
 良太は声を大にして言った。
「あ、でも、ニャンズが待ってるしな」
 口にした瞬間、可愛い二つの顔が良太の目に浮かぶ。
「せやな、にゃんこは仔猫の時から連れ歩くとかしてないと、一緒に旅行は難しいな」
「そうなんですよね~」
 やがて綾小路のどこまで続くかわからないような塀が見えてきた頃、向かいに停まった車の傍で、何やら口論している男女が見えた。
 男が二人と女が一人、明らかに言い争いをしている。
「あれ? あの人ら、夕べBBQの時、バイトしてた人ですよね」
 すると千雪は彼らの横を通りしな、顔を確認した。
「せやな。ホールスタッフやってた子らや、もう一人のオッサンは知らんけど」
 男女二人は大学生で、確か公一の大学の後輩とかいうことだったが、ちょっとごつい感じの三十代から四十代くらいの男に二人とも見覚えはなかった。
「あのオッサン、何か嫌な目つきだった」
 良太が言うと、千雪も「せやな」と頷いた。
「良太、顔つきで人のことわかるようになってきたん? 業界でもまれとるからな」
「おちょくってます?」
 千雪は笑い、「感心してんね」としれっと言う。
「おおきに」
 門の前まで来ると、千雪は車を降りた。
「七時までに来い言うのんは、懇意のレストランからシェフが来はるんやけど、ビュッフェ形式やから、美味いもんは早いもん勝ち」
「ええっ、そうなんですか? じゃあ、早めに伺います!」
 美味いもんビュッフェ形式と聞いては、トロトロしていられない。
 良太は工藤の別荘に向かってハンドルを切った。
「ただ今帰りました~」
 別荘に着き、声をかけながら中に入ると、キッチンから音が聞こえた。
 杉田はキッチンにいるらしい。
「杉田さん?」
「あら、良太ちゃん。お帰りなさい」
「ただ今戻りました。これ、どうぞ。クロワッサンがすごくうまくて」
 良太がベーカリーの袋を差し出すと、「あら、うれしい! 『風の家』に行ってきたの? あそこのパン美味しいのよね」と喜んで、手についている小麦粉をぱんぱんと払った。
「あれ、何作ってるんですか?」
「フフ、三時過ぎたらね」
 杉田はいたずらっぽく笑い、使ったボールなどをシンクで洗い始めた。
 オーブンで何か焼いているようだ。
「おやつですか? 楽しみ!」
「良太ちゃんがいると、作り甲斐があるわね」
 キッチンを出て、先ほど購入したスーツの入っている袋を下げると、良太は二階へと上がった。


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