願いごと 3

back  next  top  Novels


 昨夜は工藤と二人で馴染みの小料理屋で食事をして軽く飲んでから、良太は高輪の部屋に連行された。
 朝、起きたのも早くなかったから、慌てて乃木坂にある青山プロダクションビルの上にある部屋に寄って着替えをし、ナータンの世話をしたあと家族への土産を持って小田急に乗る良太を、工藤は車で送ってくれた。
 当然だ、と心の中で喚きつつも昨夜のことが頭をよぎり、頭が沸騰しそうになった良太は慌ててお猪口の酒を飲んでごまかす。
 工藤が、一人だとあまり食べないことは、長年のつきあいから良太もよく知っている。
 中学生の頃には育ての親、というか実際は曽祖父母だが亡くなり、以来工藤の祖母の命により平造老人が工藤の身の回りの世話から食事も作っていた。
 平造は料理の腕はプロ並みで、和食から洋食までこなすが、曾祖母がいた頃から家政婦が食事を作っていたので家庭料理などというものには縁がなかったと工藤が言うのは良太もわからないでもない。
 そのせいか食べるとしても工藤は外見を裏切って和食党だ。
 ふと、目の前に並ぶ母の手料理を工藤にも食べさせてやれたらとも思う良太だが。
「無理だよな……」
 こんなとこに工藤を呼ぶなんて。
「何が無理なのよ」
 亜弓の突っ込みにはたと良太は我に返った。
「あ……だから、さ、その、仕事が迫ってるから、そう何日も居られないって…」
「いつ帰るのよ」
「え、明後日には……」
「…なーんだ……」
 途端、亜弓も無口になる。
 口では強気なことを言いながら、良太と離れるのがいやなのだ。
「大事なお仕事なんだし、また亜弓も遊びに行ったらいいじゃない」
「だぁって、私ももし、採用されてもどこに行くかわからないしさ」
 亜弓は教員採用試験に合格したが勤務地はまだ未定だ。
 良一が保証人になっていた友人が夜逃げをするまで、一家四人まさか離散の憂き目にあうとはゆめゆめ思ってもいなかった。
 しょっちゅう些細なことで口喧嘩はするものの亜弓にとっては、少々頼りなさげだがそれなりにイケてみえるし、高校、一応大学も野球部のエースだった自慢の兄なのだ。
 家がなくなって一人でアパート住まいを始め、しかも得体の知れない会社に入り、一直線でお世辞にも要領がいいとはいえない兄のことだ、胡散臭い社長にいいように使われているのではないかと、亜弓は本気で心配していた。
 それなりに良太が仕事に打ち込んでいるらしいとは最近やっと少しだけ認められるようになり、今度は卒業を控えて自分の将来のことを考えねばならなくなっていた。
「亜弓、中学の先生になるんだって?」
 まだぶすくれている亜弓に良太は聞いた。
「まだどこに行くかわからないけどね。教授には一応行きたいエリアの学校に潜り込ませてもらおうと思ってるけど」
「潜り込ませてもらうって、亜弓、国立なんて、そんな簡単にいかないだろう? ツテとかコネとか、いろいろ……なんなら、兄ちゃんにもそれなりにツテはあるから、言いなさい」
 兄貴として亜弓のために頭を下げて回る覚悟ならいつでもある。
「大丈夫よ、お兄ちゃんと違って先生には覚えめでたいんだから。引越しっていっても教員の独身寮に移るだけだし」
「覚えめでたいってお前……」
 まあ、確かに俺よりずっと要領はいいけど。

 


back  next  top  Novels