東京へ行こう 24

back  next  top  Novels


 我に返ったケンは弁当を広げて、「食べるのがもったいないくらいきれいだ」と思わず口にした。
「イチイチ感心してると食う時間なくなっちまうぞ」
 通路を挟んで千恵美の隣に陣取った純はそう言うや、ガツガツと食べ始めた。
 そう言われて食べ始めたものの、黒豆、数の子、田作り、かまぼこ、伊達巻に鰤やエビの焼き物、昆布巻き、椎茸や花蓮根に梅花人参、栗きんとんと、三が日特製の松竹梅弁当はお節料理がきれいに並んでいるので、ケンがそれの一つ一つに千恵美のたどたどしい英語で説明を求めながら食べているうちに、「あ、見えてきた!」と千恵美が言った。
 ケンが顔を上げて窓の外を見ると、富士山が快晴の空をバックにくっきりと姿を現した。
「やっぱり、日本に来たら富士山は見てもらわなくちゃね」
「OH! きれいだ」
 しばし箸を持ったまま富士山にケンは見とれた。
 日本には以前にも仕事で来たことがあったが、ハードスケジュールでの滞在で富士山を見る余裕もなかった。
 新幹線の料金はケンが支払ったのだが、席を確保したのは千恵美で、その時何故三人が並ぶ側ではなく、二人席の窓側にケンを座らせたか、ケンは察して千恵美に礼を言った。
 そうこうしているうちに、純の言った通り、あっという間に新幹線は名古屋に到着した。
 千恵美の先導で、ケンと純は地下鉄に乗り込んだ。
「タクシーより早いから」
 二つ目で乗り換えてまた二つ目。
 駅から歩いて五分ほど、北区清水に倉本家はあった。
 突き抜けるような晴天で、歩いてきたので寒さは感じられない。
 ニューヨークの方がずっと寒いな。
 ビル街の東京とは打って変わって、目の前に現れた未知の文化を、ケンは物珍しげに眺めた。
 延々と続く塀を辿ってやってきたのは古い武家屋敷を連想させるような大きな門の前である。
「でけぇ…」
 その門を見上げて呟いた純に、「ほら、行くわよ」とせかせて千恵美は門の横にある木戸を開いた。
 ケンといえば、純とはまた違った感慨で門を屋根まで見上げていたが、ついいつもの癖でカメラが設置されているのを見て取った。
 造りは古いが、どうやらセキュリティは最新らしい。
 木戸をくぐると、門から玄関へは飛び石のアプローチになっており、左右には手入れが施された和風庭園が広がっていた。
「きれいだね、日本の庭」
「超古典って感じ」
 庭を眺めながらしきりと感心しているケンに、純が頷いた。
「しかもでけぇ」
 玄関を開けると内側は現代の建築様式で造られた屋敷となっていたが、六畳ほどもある広い玄関には古風な衝立が置かれ、これもまた古めかしい大きな壺には、大きな松に竹と梅、金銀の柳をあしらった正月らしい豪華なオブジェが飾られている。
「ただいま帰りました」
 千恵美は大きな声で告げると靴を脱いであがり、傍らにあったスリッパ立てから三足取って、床の上に並べた。
「わかると思うけど、靴は脱いであがってね、ケン」
「Yes」
 千恵美の声を聞きつけて廊下から現れたのは和服の年配の女性だった。
 千恵美によく似て顔立ちが整った美人だ。
「お帰りなさい、千恵美。………お客様?」
 ケンが靴を脱ぐ前に、女性はケンと純を交互に見つめた。
「ええ、お母さんの甥のケンとその従弟の純よ」
 千恵美はいとも簡潔に二人を紹介すると、今度は英語で、「ケン、あなたのお母さんの妹、あたしの母、真美よ」とケンに言った。
「初めまして、ケンです」
 画像と携帯に残っていたいくつかの動画でしか知らない母親だが、生きていたらこんな感じなんだろうかと、面差しがやはり似ている真美を感慨深げに見つめながら、ケンはたどたどしい日本語で言った。
 真美はしばし動くこともできずにケンを凝視した。

 


back  next  top  Novels