良太が竹野とああだこうだと言い合っている間、工藤は、身体を思い切りこわばらせている本谷に、「言いたいやつには言わせておけばいい」と声をかけ、「まあ竹野は若いが芸歴も長い。スルーしないで考えろ」と付け加えた。
「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」
本谷は工藤からそんなアドバイスをもらって、今度は舞い上がっていた。
だが工藤は、良太がいろいろと頭を悩ましたことも知らず、本谷が固くなっていたのは、ひとみが言ったような理由からだろうくらいしか考えていなかった。
それより段々ヘラヘラしてきた良太に気がいっていた。
「良太、いい加減にしておけ、帰るぞ」
やおら立ち上がると、工藤は良太を促した。
「何だよ、工藤、帰るんなら一人で帰ればいいだろ。良太ちゃんだけ置いていけ」
いい機嫌の坂口が文句を言ったが、良太はへらっとしながらも立ち上がった。
「すみませーん、先生、ごちそうさまでした。お先に失礼します」
「やだ、もう帰っちゃうの?」
竹野までが良太の腕を掴んで言った。
「明日早いんで、すみません」
ペコリ、と頭を下げた良太は、いそいそと工藤に従った。
「おい、竹野と本谷、適当なところでタクシーに乗せてやってくれ」
カウンターの後ろを通りしな、工藤は秋山に言った。
「ああ、竹野さんはマネージャー呼んだ方がいいみたいですね、かなり出来上がってる」
「頼んだぞ」
工藤の後について店を出た良太は、「風が気持ちいい!」とすっかり酔っている。
「あ、タクシー、来た」
よたよたと道路に出ていきそうな良太の腕を工藤は危うく掴む。
「いったいどんだけ飲んだんだ」
タクシーのドアが開くと良太を押し込み、工藤は乃木坂を告げた。
車に揺られると、良太は疲れも手伝って何やらわけのわからないことを口走っていたが、工藤に頭をもたせかけて目を閉じた。
中川アスカといえば、しとやかな女性とかでもなく、知性溢れるという印象でもないが、男性に頼らなければ生きられないような女性やいじめられて耐え忍ぶような女性とかには決して該当しないので、そんな役のオファーはあったためしもない。
以前は女王様的な、弱弱しい女性をむしろいじめる側の役ならオファーが来たこともあるのだが。
勝気でできる女性か負けず嫌い的な役が最近のアスカへのオファーだ。
これからは演じる役に幅をもたせたいと、秋山の提案で舞台にも挑戦したりしている。
実力はそれなりに、着々と女優としてのアスカを成長させているのだが。
「なーにが、やってみたら案外いけるかも、よ」
今回アスカはコメディドラマに、ヒロインとして出演しているのだが、朝から撮影のため、砧にあるスタジオにいた。
休憩に入ってから、足や腕を組んだまま、アスカは隣に立つ良太に文句を言っていた。
「何ですか? それ」
「夕べ、竹野と意気投合しちゃって、ペチャクチャ喋ってたじゃない」
アスカの声の高音が、良太の頭を直撃する。
昨日、思い切り疲れていてそれでも工藤から迎えの指示があったため、『田園』の撮影が行われているスタジオを覗いたところへ、坂口の命により、工藤ともども坂口行きつけのバーに俳優陣と一緒に繰り出す羽目になり、たまたま竹野の隣に座ったことは覚えている。
竹野がまた酒の席で本谷を罵倒し始めたにもかかわらず、竹野を誰もとめようとしないのをみかねて、つい、口を挟んでしまった、くらいなことまでは覚えている。
それから竹野と意気投合して飲んだとか、どうやって部屋に帰ったかとか、そういったことは全く覚えていないのだ。
久々、意識を飛ばすまでの悪い酒となったらしい。
かろうじて、今朝、アスカの撮影に同行するというスケジュールは携帯にインプット済みで、朝、けたたましい音とともに良太は飛び起きたのだ。
起きたはいいが、頭はガンガンする、身体は重たい、最悪のコンディションで、頭痛薬を飲んでシャワーを浴びてやっとの思いでスタジオに着いたのだ。
竹野と何だかだ言い合っていた時に、アスカに、遅れないでよね、と釘を刺されたことは何故かうすぼんやりと記憶にあった。
で、スタジオにやってきたものの、さっきから昨夜の飲み会の席でのことでアスカに嫌味を言われていたのだ。
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