風そよぐ33

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「前に、CMとか、ドラマとかちょこっと出させてもらったことがあったけど、てんでものにならなくて、ダメ出しされただけで、結局、俺って何一つまともにできない。俳優さんたちもそうだし、佐々木さんやもちろんヤギさんだって、すごいプロ、じゃないですか。俺なんか、会社入ってもう何年にもなるのに、何もできなくて、このままじゃ………。俺…何やってんのかな、ってこの頃……」
 そこまで言うと、良太は下を向いて口を噤む。
 素面で口にすると、かなり現実味を帯びてきて、本当に足元から崩れそうな気がしてくる。
「あのなあ、ちょっと、それ、悩むとこが違わねぇ?」
「え? 何が、ですか?」
 良太は顔を上げて下柳を見た。
「誰もお前さんに、制作のプロになれとかさ、クリエイターになれとかさ、んなこと言ってねぇだろ?」
「や、だから、そんなんできないって話で……」
 ぼそぼそ言葉が尻すぼみになる。
「スポンサーに頭下げて、スケジュール決めて、スタッフ依頼して、ロケの宿決めて、足を確保して、監督やらADやら、脚本家やらのああだこうだをまとめて、俳優の文句を聞いてやって収めて、良太ちゃんがいなきゃ、ナーンも進まないしできないし終わらないんだぞ? それが良太ちゃんの仕事だろうが。今更何を言ってるんだか」
 下柳の言葉に、良太は一瞬思考を停止した。
 何、結局、俺は使いっパシリってことなわけか。
 良太は下柳の言葉を反芻して自嘲する。
「あのさ、お前さん、工藤の後を追うって前言ってなかったか?」
「え、あんなの、大きなこと言って、俺ごときが、何を身の程知らずなって、工藤さんにせせら笑われたくらいが関の山で」
 良太はへらっと笑って、またホッケをつつく。
「それこそ、大抵のヤツなら聞けば震え上がるような鬼と言われた程の工藤の罵詈雑言だって、へとも思っちゃいないのが良太ちゃんじゃなかったっけ?」
「またまた、そんな恐れ多いこと言わないでくださいよ」
 確かに怒鳴られたってクソミソに言われたってクソと思うくらいで、下手すれば言い返したりするのが良太だが。
 しかし中にはぐさっとくるものがあるのをいじいじ我慢していることだって色々あるのだ。
「ま、とにかくさ、プロデューサーって仕事は、そーゆう雑多なことをやりながら、ことが円滑に進んで仕上がるように仕向けて行くってこったろ?」
「え?」
「だからさ、オーケストラはコンダクターいねぇと音楽になんねぇだろ? それとおんなじで、プロデューサーっつうコンダクターがいてまとめて仕上げねぇと、ドラマも何もできねぇってことさ」
 プロデューサーって………
 俺のやってることは、そんな大それたものじゃない。
「俺はそんな、プロデューサーなんて言われるようなこと何もしてませんよ。工藤が聞いたら鼻で笑われますって。今の仕事だって、会社が万年人手不足で、工藤が手が回らないところを俺に丸投げしてるだけで。大体、あの人、工藤さん、自分が苦手なこととか、大抵俺に丸投げして、自分はやりたいように動いているんですよ」
「何、それが、今の良太ちゃんの不満ってわけ?」
 下柳がくすりと笑う。
「不満なんて言えるような立場じゃないですよ。言われたらきっちりやりますし」
「お前さん、自己評価が低過ぎねぇ? どしちゃったの?」
「いや、会社入ってもう五年になりますし、考えなくちゃいけない時にきてると思うだけです。実際、工藤さんの恩情でここまでやってこれたってのは事実ですから」
 ふーん、と下柳は自分のお猪口に徳利を傾けた。
「やっぱ、なんか、工藤に負い目感じたりしてるわけか」
「負い目っていうか、肩代わりしてもらってる負債もですけど、部屋もほぼタダみたいなもんだし、それでいいわけないって思って」
「だって、月々返済してんだろ? 負債ってのもさ、だったら何の問題もないんじゃね? 部屋なんかどうせ空いてたんだし、お前さんが気に病むことなんざ何もねぇ。堂々と仕事してりゃいんじゃね?」
 確かに、下柳の言う通りかも知れない。
 だけどな。
「なに、ひとみのやつがさ、良太ちゃんが最近変だってさ、どうも仕事に満足してないとか、引っ越そうかとか言い出したって、えらく気にしててさ」
 なんだ、ひとみさんから聞いてたんだ。
 良太はそんな風に自分のことをきにかけてくれる人たちがいることを、有難いと思った。
「すみません、俺、余計な心配させちゃったみたいで。でも大丈夫です。ちゃんと自分で考えますから」
 ちゃんと自分で考えなくては。
 良太は心の中で自分に言い聞かせると、この店特製の塩辛をつついている下柳のお猪口に酒を注いだ。


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