風そよぐ34

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 良太が京都につくと、空はきれいに晴れあがっていた。
 梅雨の合間の晴天は、鬱々として下を向きがちな気分を上昇させてくれる。
「お疲れ様です~」
 京都の町屋をリノベーションしたカフェを借りて、『からくれないに』の撮影が行われている。
 京都は景観条例に基づいて、コンビニなども元々あった町屋や長屋を利用して営業していたりする。
 宅配会社までもが古い軒並みに暖簾をかけたりして、今にも荷物をかついだ飛脚が飛び出してきそうなたたずまいだ。
「待ってたよ、良太ちゃん」
 ちょうど休憩時間らしく、気さくに声をかけてくれるのは、このドラマのシリーズでずっと監督をやっている山根だ。
 脚本も前回と同じ久保田で、監督とは懇意の間柄だから、こちらも良太とは顔なじみだ。
「『巴鮨』のおいなりさん、早速お昼みんな楽しみにしてるよ」
 今日届けてもらうように数日前に頼んでおいたのだが、『巴鮨』はもう随分前に工藤から教えられた店で、京都で撮影などがある時は、一度はその店を利用することにしている。
「しかし、何か、良太ちゃん、やつれてない?」
 ここでもか、と思う良太だが、確かに頬がこけたような気がしないでもない。
「お疲れ様です」
 スタッフや俳優陣に声をかけると、「ちょっと、良太、こっち」と奥からアスカが手招きした。
 傍を通る良太に、俳優からも声がかけられる。
「お疲れ様です」
 はっとするほど晴れやかな笑顔を向けたのは本谷だった。
「あ、お疲れ様です」
 一瞬、間があったが作り笑いでごまかして、そそくさとアスカの座っている椅子まで歩み寄った。
「何ですか? あれ、秋山さんは?」
「なんかさ、ホテルの部屋、隣が夜中まで超うるさいの、アジア系の観光客なんだけど、それで、部屋変えてもらってるの」
「それは、また、災難でしたね」
 アスカにはちゃんとスイートを取ったはずだが、京都は世界各国から観光客が押し寄せる街だから、中には色んな人間がいるということだ。
「ねえ、またやせてない? 良太ちゃん」
 隣に腕組をして立っているのはひとみだ。
 後ろで須永が、こないだはどうも、とぺこりと頭を下げた。
「まさか、先週の今日で、そんなに変わりませんよ」
 ひとみとは、宇都宮の部屋で鍋を囲んで以来だが、下柳の言うように、良太を心配してくれているらしい。
 確かに先週の今日ではあるが、ここ数日食欲も落ちているのは事実だ。
「あのさ、今日明日はこっちいるっていったよね?」
 アスカの言葉がやけに挑戦的に聞こえるのは気のせいだろうか。
「ええ、まあ」
「じゃ、今夜、ちょっと付き合いなさいよ」
「え? ちょ、それは勘弁してくださいよ、夕べはヤギさんに付き合って、また今夜って」
 さすがに良太は連日の上アスカと飲みなど、到底遠慮したかった。
「別に、あたしの部屋でいいわよ。話があるの。ホテル、同じよね?」
 いつも使っているホテルで、秋山と良太は同じ階のツインのはずだ。
「はあ」
「ご飯、おごったげるから。ルームサービスにすれば、スーツなんか着なくても平気でしょ」
「はあ。何かまた、面倒ごとですか?」
 良太が眉をひそめながら聞くと、「まあ、そうともいうかなあ」とアスカは何やらもったいぶった言い方だ。
「わかりました。何時に伺えばいいですか?」
「そうね、七時頃?」
「了解です。俺、昼食べたら、高雄へ顔出してくるんですけど、そう遅くはならないと思います」
 するとアスカは良太の顔をじっとみつめてから、あっそ、と言った。
「奈々ちゃんもこっちいるのに、全然会えてないのよね」
「向こうはずっと高雄のホテルですからね」
「良太も来たし、うちの会社ほぼこっちだし、どうせなら明日とか飲み会でもやんない?」
 アスカの提案に、良太ははあ、と脱力感に襲われる。
「無理ですよ、急にそんなの。向こうのスケジュールもありますし」
「たまにはいいと思うんだけどなあ」
「とにかく、七時には伺いますから」
 ふう、と思わず声に出てしまいそうになって、良太は慌てて口を噤んだ。
 お気楽でいいよな、アスカさんは。
 弁当、俺の分も足りてるよな。
 早いとこ腹ごしらえをして、高雄に向かわなくては。
 この際、気が進まないことは早めに済ませてしまおう。
 工藤の顔をあまり見たくないという状況がくるとは、良太も夢にも思っていなかった。
 宇都宮に送ってもらった朝、顔を合わせて以来、一度、京都に行く前に、業務連絡で工藤に電話をしたが、今日顔を出しますと告げると、わかった、という返事だけで切れた。
 気が重い。
 秋山と一緒に弁当とお茶をみんなに配ると、良太は隅の方にあった椅子に座り、稲荷ずしに箸をつけた。
 以前食べた時は美味いと思ったはずが、疲れもあるのかさほど味がわからず、もそもそと咀嚼する。
 秋山はアスカの部屋を変えるためにわざわざホテルに行ったにもかかわらずどうやら徒労に終わったらしい。
 さっきからプンスカ怒っているアスカを宥めにかかっている。
 ひとみは頭がすっきりしないからと、須永にコーヒーを買ってくるように頼んでいた。

 


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