「まったく。ちゃんと良太ちゃんに誤解させたこと謝ってよね。あたしたちだってほんと心配したんだから。宇都宮のとこで鍋やった時、酔っぱらって急に引っ越すだのなんだの言いだすから、良太ちゃん」
はたと、工藤は何杯目かのラム酒を口に持っていこうとして、「鍋? 宇都宮のとこってなんだ?」とひとみに聞いた。
「だから、先週の水曜日、宇都宮のうちで鍋やったのよ、良太ちゃんとあたしと須永とで」
水曜日?
宇都宮がオフィスにわざわざ良太を迎えに来たとか、鈴木さんが言ってたが。
「四人で、宇都宮のうちで?」
「そうよ、前から宇都宮と暑くなる前に鍋やろうねって話してて、良太ちゃんも込みで、やっとオフになったから、でもあのだだっ広いリビングで四人で鍋囲んでって笑えるわよ。宇都宮、料理はうまいわね、アクアパッツァなんかプロ顔負けだったわ」
「ほう? アクアパッツァね」
四人、ね。
二人、じゃなかったわけか。
工藤の心の呟きを知らず、ひとみは話を続けた。
「途中で、須永と良太ちゃんの身の上相談会みたくなっちゃってさ、そしたら広いから引っ越すんならここでシェアしようとか宇都宮が良太ちゃん誘ってきて」
ホテルの車寄せでタクシーに乗り込む前にひとみは振り返って言った。
「早いとこ良太ちゃんの誤解を解いてやらないと、宇都宮、あれ、ガチだわよ」
ひとみの脅し文句に煽られるまでもなく、誤解、なら話は別だ。
「いいから、早く行け」
しかしあのバカときた日には、周りはよく見てるくせに自分のことになると何でああも超鈍感なんだ。
また眉根を顰めてムスッとした顔で不機嫌オーラを振りまいて部屋に戻った工藤は、すれ違ったホテルのコンシェルジュが、後で怖わ…と呟いたのを知らなかった。
早朝から京都の古い路地などを利用してロケが行われていた。
アスカやひとみなどは、疲れなど微塵も感じさせないところがプロたる所以だと、良太はそのバイタリティーに感心する。
無論、ビタミン剤やらマッサージやストレッチやら、様々な努力はしているはずだ。
本谷とは撮影に入る前に少し話ができた。
「何度もやり直しているうちに、むしろ逆に変になってしまって………」
どうやら混乱して泥沼化しているらしいと、良太は見て取った。
確かに出番が多いし、つまりは科白も多いということで、覚えることや間違えないことにどうしても神経がいって、言葉がぎくしゃくしてしまうのだろう。
はあああ、と長い溜息をついて、本谷は肩を落としている。
「どうしよう、俺、小林先生が指名してくださったってのに、こんなんじゃとても………」
そんなこともプレッシャーになっているらしいと知ると、良太は罪悪感が胸をチクチクと刺すのを覚えた。
「あのーーー、いや、俺は俳優ではないので、おこがましいんですが、俺の黒歴史からすると、その小林先生が、とか、間違えないようにとか、そうやって構えすぎると余計力入っちゃって、固くなりますからね。俺も当時、ガチガチになってセリフももっとひどかったんですよ、でもその時………」
と前置きして、
「俺は、俺、そのまんま普通でいいから、アスカさんとおしゃべりすることだけを考えてればいいんだよ…………、って、誰かが言ってくれたんです」
すると、俯いていた本谷が顔を上げて良太を見つめた。
「こう、周りをもうシャットアウト、みたいな?」
通じるかどうかはわからなかったが、身振り手振りで良太なりに本谷の強張りを解いてやりたかった。
「まあね、昨日高雄に行ったら、体当たりでやれって言っておけとか、昭和なオヤジなことを工藤が言ってましたけどね」
思い出すとしかめ面になりつつも良太は伝えた。
「体当たりで………、ですよね。ほんとに申し訳ないです。工藤さんにも色々ご迷惑をおかけして。工藤さん、最近随分お疲れのようなのに」
「まあねぇ、いい年なんだからちょっと考えて動けばいいのに、好きで動いて黄昏てるんだから、本谷さんが気に病むことなんかありませんて」
その時、撮影が開始された。
次のシーンでは本谷の出番がある。
「ありがとうございます! 何かやれそうな気がしてきました。俺は俺、そのまま普通に、体当たりしてきます」
本谷は深々と良太に頭を下げると、撮影されているシーンに目を向けた。
良太もしばらく撮影を見ていた。
顔合わせの時に、つい小林先生の推薦でなんて言ってしまったことが本谷のプレッシャーとなっていたとは、良太も反省しきりである。
何か、今時いない、素直なやつだよな、本谷って。
とにかく外野を気にせず、やってくれることを願うばかりだ。
俺の黒歴史が役に立つとは思わないけどさ。
アスカと通りを歩きながら、本谷が自分の考えを告げる、そんなシーンだった。
『とにかく何か覚えてないの? あなたを殴った相手のこと、臭いとか息遣いとか体温とか、何かあるでしょ?』
アスカに詰め寄られて、本谷が『そんなこといわれても』と言った。
ただそれだけのことだが、その時、監督の山根や久保田、それにひとみや流も、もちろん良太もおおっという感じで本谷を見た。
『なんかこう、思い出せそうで………出てこないんですよねぇ』
科白が自然に流れている。
撮影はスムースなやり取りで進み、シーンが終わった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
back next top Novels
