風そよぐ66

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 青年というのは予備知識があったからで、少し長めの黒髪を後ろで束ねたその人は一見すると小づくりな顔といい、お人形のような可愛らしさというか綺麗さがあり、何か儚げと思えるような気配を漂わせていた。
「うちの広瀬良太だ、能楽師の檜山匠」
 工藤は簡単に両者に紹介をした。
「はじめまして、広瀬です」
「檜山です」
 きりりとした声に、良太はお人形さんのようと思ったことを心の中で訂正した。
 その時、ちょうど昼を予約してあるのでこれから向かうことになっていると監督の日比野が言った。
「高雄でもまたロケはあるんだが、今度は嵐山の方でも撮る予定でね」
 予約をしている料亭へと向かう車の中で、日比野は良太に説明する。
 小杉の運転するベンツGLSの後部座席には志村、良太、日比野が乗り込み、工藤はナビシートに座っていた。
「竹林とかは行ったことがありますけど、ほんの一度だけで」
「そうか、今回はじっくり体感するといいよ。ほんとに京都という町は面白いよ。どこに行ってもさらっと見ただけではわからない、二度三度と見るうちに、奥にある何か得体のしれないものを感じ取ることもよくあるからね」
 真ん中に座る良太は、熱心にこれからの撮影について語る日比野の言葉に耳を傾けた。
 この車は最近志村が購入したもので、安定性があり、ロケなどに荷物を運んだりするにも楽だし、七人までは乗れるという広さで決めたらしい。
 谷川の運転するレジェンドには奈々と檜山、脚本家の浅沼が乗っている。
 その後ろを撮影クルーのバンがついてくる。
 日比野の話では檜山はどこの事務所に属しているというわけではなく、全く一人で活動をしているという。
「いや、小林先生には感謝だね。檜山くんのような人をご紹介いただいて。ほんとに、何て言うんだろう、彼は東京の人なんだけどね、彼の舞踊、というか、舞、だね、彼の舞にはまさしく安倍晴明が宿ったんじゃないかという見るものを圧倒する凄まじいたたずまいがあってね、とにかく必見だよ」
 檜山の特に舞を舞うシーンでは、むしろ本家の檜山に委ねるカットが多いという。
 檜山と何度か打ち合わせをし、檜山の提案で動きを決めていく。
「彼は幼くして天才能楽師と評判になって、高校あたりでは実際右に並ぶものがないくらい三番目物や四番目物、特に羽衣なんかでは優美幽玄の極みとか言われていたようだよ。その天才性から彼に宗家を継がせようという者と長男に継がせようという者が対立してね、彼はそれを嫌がって家を出て、大学からニューヨークに行って、その後、独自の能楽師として活動を始めたそうだ」
「はあ、何かそういう芸術の天才って、俺とは違う世界に生きてる人って気がしますけど」
 良太は軽く言った。
「いや、彼は演技を離れたら普通の人だよ。結構、ざっくばらんだし」
 右隣に座る志村が笑った。
 良太は日比野や志村と話しながら、助手席に座って小杉とぽつりぽつりと話をしている工藤にちょっと目をやった。
 この間見た時ほどのくたびれ感はない。
「まあ、こっちは及ばずながら俺が目を光らせてるから、羽伸ばしてくるといい」
 昨日、『からくれない』の撮影スタジオから帰る時に秋山に言われていた。
 みんな、事故にあって怪我をしたこともあるが、良太が忙しすぎたことを心配してくれていたのだ。
 本谷は珍しくマネージャーの浜野が最後までついていて、結構生き生きと演技をしているように見えたから、まあ、大丈夫だろうと良太は思う。
 工藤のことはまた別の話だが。
 本谷は割と真剣なのではないかと、思いはそう簡単に消えるものではないと思うからだ。
 宇都宮のことも、まさかと思ったけれど、どうやら茶化していいようなことではない。
 あんな風に拒否したあとでも、良太のことを心配してオフィスに来てくれたという宇都宮には心から感謝したい。
 でも結局、病院でついていてくれて、高雄に来いと工藤に言われたことが嬉しくて、ホイホイ来てしまった。
 しょうがないよな、俺ってこんなやつだし。
 二日ほどだとしても工藤と一緒の空間にいられて、仕事を見ることができる。
 それだけであんなにグダグダ考え込んでいたことがどこかへ行ってしまっている。
 俺ってホントゲンキン。
 大人数だが料亭の大広間で、かなり豪勢なランチとなった。
 まだ仕事があるので、ビール一本程度までと監督の日比野に釘をさされたものの、撮影クルーたちもたまにこういうご褒美的な食事が振舞われるため大満足で仕事をしてくれる。
「カンパーイ!」
 日比野も浅沼もテンションが高く、クルーたちと笑い合っている。
 工藤がそっちのグループに行ってしまったので、話もできないなと思いながら檜山や志村にビールを注いでいた良太に、横から小杉がビールを注いでくれた。
「あ、すみません」
 慌てて注ぎ返そうとしたが、「あ、俺は運転するから、奈々ちゃんと同じね」とウーロン茶の入ったグラスを掲げた。
「え、俺、運転代わりましょうか?」
「気にしない気にしない。良太ちゃんが東京と京都をまたにかけて八面六臂の大活躍をしてくれるからこそ、うちの会社はもってるんだからさ」
「おだてても何もでませんよ~」
「ちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃない? 事故のこともそうだけど、近頃社長の後を追うみたいにワーカホリックになってるから、みんな心配してるんだよ」
 斜め向かいに座る志村が言った。
「ありがとうございます。でもあのオヤジと一緒にするのはやめてくださいね」
 にっこり笑って良太は言った。
「良太はすごいエリートなんだ?」
 いきなり信じられないような言葉をぶつけられて、良太は目の前に座るお人形のような顔の主をまじまじと見た。
 しかも、初めから良太呼ばわりかよ。
 まあ、そんなのは今までも高飛車な女優俳優連中で慣れているというものだが。

 


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