撮影陣が宿にしている高雄のホテルに、良太も宿泊することになっているのだが、まだチェックインもしていない。
背中のリュックには下着くらいは入っているが、クリーニングに出すつもりでスーツの着替えは持って来ていなかった。
夏だから、Tシャツくらい買えばいいか。
でもチェックインだけでもしてくればよかった。
そんなことを考えながら良太は工藤の後について歩いた。
「どうします? そろそろ暗くなってきたし、服ちょっと乾いたら、またタクシー拾いますか?」
「腹が減ったな」
「はあ……確かに」
言葉にされたら良太も急に空腹を思い出した。
しばらく歩くと、工藤は見えてきたかなり立派な門構えの和風な建物に入っていく。
「え、ここで食事するんですか?」
中もえらく高級そうだぞ。
傘を傘立てに置いて、工藤はフロントに行くと、「植田さんいらっしゃいますか? 工藤と申しますが」と年配のフロントマンに言った。
「少々お待ちくださいませ」
フロントマンがそそくさと奥へ入っていくと、やがて和服美人と一緒に現れた。
「まあ、工藤さん、おこしやす」
にこやかにだがきりりとした声で、和服美人は親し気に頭を下げた。
「女将、すまない、雨に降られた。部屋は空いていないか?」
良太は、えっと工藤を見上げた。
「へえ、今日は一杯で、一つだけしか空いてないんですが、よろしおすか?」
「ああ、かまわない」
女将はまたにっこり笑って、工藤と良太を案内してエレベーターに乗った。
「何が、かまわない、だよっ!! ここ、いったいいくらするんだよ、こんなVIPしか泊まらないような部屋、軽々しく案内されるなよっ!」
部屋に案内されて、女将がお茶を用意し、早速夕食をご用意いたします、ごゆっくり、と出て行ってドアが閉まってから数秒後、良太はそれまで我慢していた科白を喚き散らした。
「しょうがないだろ、ここしか空いてないってんだから」
ソファにくつろいで、工藤は事も無げに言った。
ベッドルームにはセミダブルベッドが二つ。
リビングにはソファセット。
和室にはテーブルと座椅子が並び、そして風呂やベッドルーム、リビングからは夕暮れの大堰川や嵐山が見えている。
「とかなんとか、あんた、今まで何回ここに来たんだよっ!」
「またしょうもないことに気を回す暇があったら、風呂でも入って来いよ。露天風呂、温泉だぞ」
温泉、確かに魅力的だ。
あ、またごまかしやがったな。
「だって、高雄のホテル、予約してんだぞ、俺。こんなとこにわざわざ」
「雨に濡れたからな。それに、お前、ミタエンタープライズから見舞金もらったんだろ? それで十分足りるから安心しろ」
「足りなくてたまるかよっ!」
それでもかなり濡れてすぐにでもシャワーを浴びたかった良太は、風呂入ってくる、と工藤のことなどおかまいなしに先に風呂に向かう。
「大体、見舞金のことだって、ちらっと昼前に話した時は、俺がもらったんだからお前が考えろとか言ってたくせに」
まあ、でもいくらかかるか知らないが、工藤がゆっくりできるのならいいか。
良太はただ自分だけ、豪勢すぎるこんなところでついでに温泉に浸かってるというのが、高雄で頑張っているスタッフや志村たちにも申し訳ないような気になってしまう。
風呂に入る前に上着のポケットから携帯を取り出すと、良太は高雄のホテルに電話を入れて、所用で今日は行けなくなった旨を連絡しておいた。
既にオンラインで支払い済みなのでそちらは問題ないが、それにしてももったいないだろう。
食事の前にひと風呂浴びたいよな工藤も。
風呂に浸かりながらそんなことを考えた良太は早々に風呂から上がって浴衣を着た。
「風呂、お先です」
「早いじゃないか」
「スーツ濡れてるし、早く入れば?」
工藤はまたフンと笑い、風呂のドアを開けた。
温泉に浸かったお陰でほんわかと、エアコンのきいた部屋で良太は頭を空っぽにしてソファにもたれていたが、自然と瞼が落ちてくる。
ハッと飛び起きたのはドアチャイムが鳴ったからだ。
「お食事のご用意、よろしおすか?」
ドア越しに先ほどの女将らしき声が聞こえた。
「あ、はい」
良太がドアを開けると、料理の膳を掲げた中居二人を従えて、女将が立っていた。
「工藤、今風呂に入ってますけど、どうぞ」
和室のテーブルに二人の中居は豪華な京懐石の料理をてきぱきと用意していく。
「そうだ、濡れたスーツとか、クリーニングお願いできますか?」
「さきほどそのように伺いましたので、こちらにお洗濯ものお預かりします」
良太は女将からランドリーサービス用の袋を預かって、自分のスーツ一式を入れていると、女将が「お洗濯物みんなお預かりします」とニコッと笑った。
「あ、はい、じゃお願いします」
じゃあと良太は風呂のドアをノックして開け、「洗濯物、持ってってもらいますから」と風呂の工藤に声をかけると、脱衣かごの洗濯物をみんなランドリー用の袋に入れた。
食事の用意を済ませた中居と一緒に女将が退室すると、目の前に並ぶ旨そうな料理に気をそそられつつも、良太はとりあえず工藤が風呂からあがるのを待った。
昼の鱧しゃぶも旨かったが、これでもかと器が並ぶ京懐石に加えて、サイコロ状にカットされたステーキがまだジュウジュウいっているのに涎ものだ。
テーブルの上に瓶ビールが三本、冷酒が二本氷が入った器の中で冷えている。
それにしても女将の手慣れた対応といい、工藤がこの高級旅館のご贔屓さんなのは違いないだろう。
まさか、本谷と………。
いやいや、それこそアホな邪推ってやつだよな。
back next top Novels
