夏を抱きしめて21(ラスト)

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「お前がうちの社員ってことになれば、万が一の輩が出てきても、この契約書が校門様の印籠に変わる、と」
「卑怯だぞ! 一平の差し金だろ!」
 それまでだまって聞いていた豪も口を挟む。
「恋に盲目になっているバカは引っ込んでろ」
「何だと?」
 どうどう、と元気が豪をおさえる。
「サインしたって、俺は戻んないぞ」
「それは元気の自由だから安心しろ。時々、イベントに顔を出してくれれば。それとまた曲を提供してくれれば、こっちもそいつとどんだけいちゃつこうと田舎にひきこもろうと、何も文句は言わない。何、非常勤みたいなもんよ。もちろん、労働に見合ったギャラは払う」
「……くっそ」
 元気は悔し紛れに大きく息をついて、テーブルの上で契約書にサインをした。
 それを見届けると素早く契約書を掴み、みっちゃんは、ふっと怪しげな笑みを浮かべる。
「それに、いろいろと浅野がプロジェクトを考えてるみたいだし」
「おい、何だよ、そのプロジェクトとかって!」
 元気は怪訝な顔でみっちゃんにくってかかる。
「さあ、その時がくればわかるんじゃね?」
 そらとぼけるみっちゃんを元気は睨みつけた。
「やっぱ浅野を社長に据えてるけど、実質はみっちゃんが牛耳ってんだよな」
「俺は現場で動くのが好きなんだ」
 みっちゃんはボソリと口にする。
「なーに、ドラマの刑事みたいなこと言ってんだよ」
 元気がみっちゃんの背中をバシっと叩いて笑う。
「おい、元気、ほんとに、戻る気、ないんだよな?」
 二人のやり取りをおとなしく見ていた豪が恐る恐る窺いをたてた。
「ない」
 ほっとした豪に、「今のところは」とつけ加えて元気は豪の気持をアップダウンさせた。

 もう一泊くらいできないのかとおずおずと尋ねてみた豪に、「店があるからな」と思った以上にすげない元気の答えが返った。
 ゴミになったのと同じフォーマルスーツをデパートで豪に買わせ、将清に電話をしたら引き出物は会社に持って行ってるというので、会社に寄って受け取った。
「で? 結局、一平を振って、豪を選んだわけだ?」
 元気にこそっと耳打ちして、将清がニヤニヤ笑う。
「うっさいよ」
「今度はゆっくり飲もうぜ。あ、そっちにもまた行くわ」
 編集部に戻っていく忙しない友人と別れてから、引き出物も土産と一緒に宅配便で送る手はずを整えると、元気はそのまま豪にチェロキーで兄の家に送らせる。
 有名パティシェリで買ったプリンやアイスを手土産に兄一家に挨拶を済ませ、名残惜し気な甥っ子二人に見送られながら、元気は豪に品川駅まで送らせた。
「元気が頼る唯一の人って、お兄さんなんだ」
 運転席で思い出したように豪がぼそりと言った。
「はあ? 今更何言ってんの? 俺は正真正銘のブラコンだぜ?」
 こともなげにのたまうサイドシートの元気をチラ見して、豪はまた一つドーンと大きな難問を抱えた気分になった。
 つまり、一番は勇気さん、二番は一平で、俺は三番手ってことかよ。
 心の中で豪は愚痴る。
 また一つ後退した気分だ。
 JR品川駅に着くと、豪は新幹線のホームまで元気についていき、弁当を買って渡した。
 別れを惜しむ間もあらばこそ、「じゃあな」と軽く手をふって、元気は新幹線の中に消えた。
 元気を乗せた新幹線がホームを発ってしばらくぼんやりたたんずんでいたが、仕事のスケジュールが二週間も詰まっていて、身動き取れぬ自分を呪いながら、豪はまた、たまにしか届かない元気の電話を待つ日々に戻っていった。

「くっそー! ちゃっちゃと仕事終わらせて帰るぞ! 元気――――――――っ!」

 


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