鬼の夏休み15

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「何時からですか?」
「七時だ」
 仕方ない、どこかで適当なスーツを見繕って………。
「確かショッピングプラザあたりにポールスミスがあっただろ。二、三着選んで来い」
 工藤の発言は良太の思惑の斜め上を行く。
「げ、だってあんなの一着、十万からしますよ? 明日の数時間のためにもったいないっすよ。東京に戻って前に買ったミランドラとか持ってきた方が………」
「スーツなんか、何着もってようが消耗品だろうが。タイとかカフスも忘れるなよ」
 工藤には東京に戻って持ってくるなんて話は右の耳から左の耳へ抜ける戯言にも認識されなかったようだ。
「はあ」
 確かに、スーツは着ていればくたびれるだろうけど。
「そういえば、お前、熱海にはいつ行くつもりだ?」
 唐突に聞かれて良太は、答えに戸惑った。
 工藤は良太の家族のことはいつも気にかけてくれる。
「もうお盆は過ぎたし、別にいつでも。顔みせなだけなんで。じーちゃんたちの墓参りはこないだ、オヤジとオフクロが二人で菩提寺に行ってきたみたいだし」
「菩提寺は川崎にあるのか?」
「ええ、母親の実家も隣町だから」
 最近ようやく、昔住んでいた町の知り合いにも顔を合わせられるようになったと、父親は言っていた。
 何しろ、家も工場も取られて、夜逃げ同然に熱海に向かったのだ。
 熱海の仕事を確保し、妹の亜弓と両親に逃げ道をオフレコで教えてくれたのは、ヤミ金などに理不尽な取り立てをされている被害者の救済に手を貸している弁護士で、中野と言った。
 父親はにっちもさっちもいかなくなって、顔見知りの弁護士に相談したところ、紹介してくれたのがその中野弁護士だ。
 ほとんど金にならないようなこともボランティアでやっているというその弁護士自身、ボロい事務所でスタッフ一人使っていない男だったらしい。
 良太は何もかもが済んでから父親から連絡をもらって、それこそ青天の霹靂だった。
 ただし、債権者しかもたちの悪い連中にいつの間にか債権が譲渡され、ガラの悪い連中が良太のアパートに押し掛けたのは、中野弁護士の誤算だったようだ。
 中野から直接良太にも連絡がきたが、何か手立てを考えるからしばらく我慢してほしいという話だった。
 しばらくは結構長くて、良太が青山プロダクションに入社し、工藤が直接現金でチャラにするまで、良太はこそこそとアパートに帰っていた。
 ナータンはアパートの部屋で一人怖い思いをしていたに違いないと思うと、不憫さに目がウルついてくるのだが。
 そういえば、中野弁護士ってまだあんなことやっているんだろうか。
 ろくに礼も言ってなかったことを思い出し、どこかで時間ができたら一度訪ねてみようと良太は改めて思う。
「お前は行かなくてよかったのか?」
「まあ、俺は時間ができたらまたでいいんです」
 工藤が良太の家族を心配してくれるのはありがたいが、熱海に行く時間があったら仕事を進めたいというのが良太の本音だ。
 今回の軽井沢も、工藤だからついてきたんで、でなければ来てはいない。
「そういえば、工藤さんはいいんですか? お墓参りとか」
 少なくとも良太は、工藤が墓参りに行くとか聞いたことはない。
「平造が代わりに行ってくれてるからな。それこそ横浜にある寺だから、時間が空かないと無理だろう」
 軽井沢は来られても横浜は行けないのかよ、とは良太の心の声だが、工藤と一緒にこうして軽井沢に来られて喜んでいるのは良太自身なのだ。
 工藤の場合、敬遠しているらしいのは時間の問題ではなく、心理的なものが大きいような気がした。
 曾祖母の話はしてくれるから、わだかまりもさほどないのだろうし、優しかったのだろうことは推察できる。
 だが墓参りとなると、曾祖父母だけでなく、おそらくそこには母親の名前もあるはずで、工藤が生まれて割とすぐに自殺したという事実は工藤にはきついはずだ。
 しかも母親の場合とは状況が全く違うが、恋人のちゆきまでもが自死し、さらにこれも工藤には何の責任もないと思われるのだが、かつて事務所の策略で工藤に近づき、工藤に捨てられたと思い込んで心を壊された駆け出しの女優村田ゆかりが自死したという、そこまでくると呪われてるくらい考えてしまいそうだ。
 だが、村田ゆかりの事務所というのが、いつぞやクリエイターの佐々木を拉致監禁などという不埒な真似をしでかした傍若無人な俳優植山一馬が所属するサミットであり、まだ駆け出しで業界では右も左もわからないような村田を工藤に取り入らせるためにけしかけたのは、社長の平麻都香だったことも、とっくに業界の消息筋から無論工藤の耳にも入っていた。
 村田のことは、良太にも満更関係なくもない話で、村田の父親が工藤を逆恨みして脅しをかけ、殺害を企てていたのだが、それを察知した良太が村田を止めようとしてナイフで刺されるという事態となった。
 いずれにせよ、工藤自身よりやたら面倒なのはその周囲なのだ。
 工藤が責任を感じるようなことはないのに、と良太は思うのだが。

 


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