真夏の危険地帯19

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 ちょっと身構えた元気だが、カウンターに座った天木はコーヒーをオーダーして、にぎやかですね、と言った。
「すみません、うるさくて」
「何か、こないだ誤解されたんじゃないかと思って。俺、純粋に元気さんのギターが好きなんですよ。オヤジの影響でガキの頃からメタル一筋で、高校の時はバンドもやって粋がってた時もあったけど、せいぜいリッチーブラックモアとかサバスとかコピーしたくらいで、GENKIのライブに行って、バンドはやめました。元気さんの『GOIN’ DOWN SLOW』に圧倒されちまって」
 天木は苦笑いした。
「コゾフ命とか言ってましたもんね」
「超渋いこと知ってますね。未だにコゾフとジェフベックは俺にとって神なんで」
 元気も久々音の話に笑みが浮かぶ。
「ずっとライブ行ってたから、元気さんが辞められたのはショックだったんですが、こないだみたいな形でまたぜひ聞かせてくださいよ。『Midsummer Night’s Dream』アンコールで久々聞けて再感動しましたよ。ライブでやると元気さんのギター存分に聞けるし」
 そんな風に言われて、元気は微妙な気持ちになる。
 確かにギターを弾かなくなることはないだろうが。
 『Midsummer Night’s Dream』はGENKIがメジャーデビューする前からやっている曲で、万人受けはしないがGENKIの音が好きなファンには名曲と言われている。
 ブルーズっぽいソウルフルな曲で、一平はこの曲は元気のギターでなければやらない。
 やがてそろそろ東京に戻らなければと言って天木は店を出たが、去年の夏のバカ坂プロのような有象無象と同一視して悪かったかな、と元気は心の中で呟いた。
「鳴ってるぞ、携帯」
 洗い物をしている元気にカウンターの端でコーヒーを飲んでいた東が告げる。
 わかっているのだが。
 何となく出たくないのは、着メロがみっちゃんからだからだ。
 要注意ということで先日着メロをわざわざ設定したのだ。
「なんだ」
 洗い物が済んでも切れないコールに、仕方なく出る。
「は? 千葉? 今週末? 何言って、そんな急に、え……おい!!」
 忙しいからと要点だけ並べ立てて切られた。
 何が非常勤任務だ!
 いつも見かけは冷静なはずの元気だが、つい洗い物に水を一気に出し過ぎて慌てて緩める。
 みっちゃんの話によると、ギターのタダシが何と盲腸で入院してしまい、急遽助っ人は頼んだのだが、一平のノリが非常に悪いから、週末の土曜、千葉のライブ一日だけ、アンコールだけでも出てくれ、というのだ。
 真夏の危険地帯ライブ、と題してGENKIは六月の終わりから九月の半ばまでのスケジュールで、東京を皮切りに全国主要都市を回っている。
 今ヒットしている曲のタイトルが「真夏の危険地帯」、詩、曲ともクレジットはG、元気だが、元気がつけていたタイトルはもっと地味目なものだったにもかかわらず、みっちゃんの手によって書き換えられた。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 振り返った豪と視線が合った。
「千葉って、元気、ひょっとしてまたライブ? 私も行く!!」
 大きな声で宣言したのは紀子だ。
「ようし、そしたら、俺が車出すし」
 妙に陽気な声で豪が言った。
「器材だって俺が運ぶし、な、元気!」
「きゃあ、何着て行こう! 髪、カットしなきゃ」
 元気の意思とは関係なく、豪と紀子の間で勝手にことが進んでいく。
「いいなー、お前ら、呑気に旅行か」
 すっかり乗り遅れた東がボソッと言った。
「何よ、東も一緒に行く?」
「俺は教室あるから、ダメ」
 すっかり紀子はその気になっている。
 しかしみっちゃんの顔を思いだすと、元気は正直あまり喜べない。
 この間のライブはこっそり行きたかったので、新幹線で横浜に向かったのだが、車なら確かに器材もいくつか載せていける。
 前回はストラトひとつだけ抱えていったが、二本は持って、レスポールも積んで……
 つい、頭の中でそんなことを考えている自分に気づいて、元気は、クソ、たかだかアンコールにちょっとのステージに、何考えてんだと自分を叱咤する。
「車出すってお前、仕事は?」
 最近、豪が購入したBMWの最新SUV車は、元気の古いランドクルーザーより確かにゆったりしていて、器材も悠々運べるだろうし乗り心地もいい。
「週末、ちょうど東京だし、金曜の夜に行けばいい。紀ちゃんも俺んちに泊まればいいよ、元気も」
「え、やだ、あたしは大丈夫! ホテル取るから! そんなお邪魔したくないもん!」
 途端、ちょっと顔を赤らめたのは東だ。
「バカ、ひとりでホテルなんか泊められるか。俺もホテルを取るから、紀ちゃんの部屋も俺が取るよ。こないだのお詫びに」
 慌てて元気は提案した。


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