幻月9

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 良太も無論そうだが、怒りより前に工藤のことが心配だった。
 ただでさえ忙しいにもかかわらず仕事ができない上に、くだらない警察の尋問を受けなくてはならないのだ。
 工藤は怒り心頭だろうが、できる限り工藤のスケジュールを確認してこちらで動かなくてはならない。
 何者が何のためにこんな茶番を仕組んだのか。
 仕事上でも確かに敵は多いだろうが、よもや工藤に濡れ衣を着せて殺人犯に仕立てるような面倒な真似をするものだろうか。
 まあ、鴻池あたりならやろうと思えばやれるだろうが、実在の人間を駒に使ってドラマでも創りそうな男だし。
 ただし、鴻池は工藤に対して異様な執着を持っている。
 工藤に最後通牒でもつきつけられようものなら、回避のために何でもやりそうだが、工藤に不利になるようなことは金輪際しないだろう。
 とにかく、わかっている。
 工藤が仕事ができない間は、自分が何とかしなければならないのだ。
 しかしもともと人手不足の上に、工藤の仕事を背負うとなると、よほどスケジュールを調整してかからなければならない。
 すぐにでもそれをやるべきなのはわかっていたが、他にも良太には気になることがあった。
「良太くん、工藤には今君が頼りだ。事件の方は我々に任せて、留守中の会社のことは頼むよ」
 小田に声をかけられて良太は顔を上げた。
「はい、よろしくお願いします」
 良太は深々と頭を下げた。
 今の自分にはそのくらいしかできない、それがもどかしかった。
 小田が帰っていくと、秋山が良太の肩をポンと叩いた。
「良太が元気をなくしてちゃ、この会社ボロボロになるって、前に言っただろ? 工藤さんのいない間の仕事をどうするかだ。及ばずながら俺も動くから、アスカさんはあれでしっかりしてるから、一人でも動けるし」
「はい、お願いします。俺だけじゃ、ほんと、どうにもならない」
 良太はまた唇を噛んだ。
「ああ、やっぱりいた!」
 そんな声とともにオフィスに入ってきたのはアスカと、その後ろからは平造が現れた。
「アスカさん、もう真夜中過ぎてますよ」
 壁の時計は午前二時を告げていた。
「工藤さんのピンチにおちおち眠れるわけないじゃない! そこで平造さんに会ったのよ」
 秋山の険しい表情も何のそので、アスカはコンビニで調達したらしいおにぎりやサンドイッチを持参していた。
「作戦会議は終わったの? 工藤さん、いつ出てこられるの? いったい何がどうなってるのよ!」
 アスカはまだ壁の大型モニターに映し出されたままの画像を見て、矢継ぎ早に問いかけた。
「千雪さんと京助さんが、警察よりも迅速に動いてくださっていろいろ情報を教えてくださったんです」
 秋山が端的に説明をした。
「平造さん、軽井沢から飛んできたんですか? お疲れ様です」
 良太は平造をソファに促した。
「久々、高速なんか走ったからちょっと疲れたくらいだ。どうなっとるのか、話してくれ」
 老体に鞭打つとはこのことだ。
 良太は今までの経緯とこれからどうするかをかいつまんで平造に話した。
「平さん、お久しぶりです」
 京助と二人、先ほどからひそひそと話し込んでいた千雪が平造を見てにっこり笑った。
「皆さんも、社長のために申し訳ないことです」
 平造は頭を下げた。
「とんでもない。いつも工藤さんにはお世話になってばっかやし、こんな時こそ力にならせてもらわんと」
 出会ってからほぼ十年来の付き合いになる老人に、千雪は労りの目をむけた。
「ちょっと休みませんか」
 良太はアスカが持って来てくれた差し入れをテーブルに広げて、お茶を用意し、皆を呼んだ。
「我々はまず、社員に通達した上で、きっちり仕事をやってもらわないと。それから監督や局関連、俳優陣や業者のみんなにどう説明するかだが」
 秋山が言った。
「仕事の関係者には、動揺を防ぐためにも万が一容疑が固まったらでいいかと思いますが。話すべき時が来るまでは、仕事を滞らさないことが最優先かと」
 良太の言葉が案外冷静なのに、皆が注目した。
「わかった。では工藤さんの仕事を俺と良太で分担するとして、社員には明日、オフィスに寄れる者には寄ってもらって、都合がつかない場合には電話で伝えるしかないか」
「そうですね。昨日のMBCの紺野プロデューサーとの打ち合わせは来年秋のドラマということですが、工藤さんにとにかく一度会って、話を聞きます」
 会わなければ。
 何としてでも。
 良太は心の中で決意を新たにする。

 


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