サンタもたまには恋をする9

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 火が出ている建物は、それこそ見慣れた自分の部屋があるマンションだった。
 スタジオが地下だったせいだろう、携帯の留守電に管理人からの伝言が何件か入っていたのにたった今気づいたが、こちらから電話をかけてみても全くつながらない。
「俺も行きます!」
 イライラと何度も携帯の画面をスクロールしながら藤堂が駐車場から車を出すと、浩輔が追いかけてきて、サイドシートに乗り込んだ。
 ダークブルーのプジョーは、いつにないスピードで青山通りを疾走した。
 駆けつけたマンションの前は黒山の人だかりで、時折サイレンが不気味に鳴り響く。
 あたり一面にいろんなものが焼け焦げた臭いが入り混じって充満している。
「アイちゃん! アイちゃん!! どいてくれ! アイちゃんが中にいるんだ!」
 マンションに入ろうとして消防署員にとめられた藤堂は必死で怒鳴る。
 火は消し止められていたが、快適で優雅な我が家のあった建物は、見るも無残な姿に変わり果てていた。
「今は入れません。入居者の方ですか!?」
「そうだ! どけって言ってるだろ!」
 消防署員を突き飛ばして尚も中に進もうとした藤堂の耳に、遠くの方から、キャン! と犬の鳴き声が聞こえた。
「藤堂さん、あの声!」
 今にも暴走しそうな藤堂の後ろに、心配そうな顔でくっついていた浩輔が声のする方を振り返る。
「………アイちゃん!!」
 コロコロと転がるように駆け寄ってきた愛犬を、藤堂はぎゅうっと抱きしめた。
 火元は上の階の住人でタバコの火を消し忘れたのが原因らしかった。
 隣の住人が犬の鳴き声に気がついて、逃げる際に管理人に連絡してくれたお陰で、アイちゃんは助け出されて無事だったのだ。
 万が一と思うと、藤堂は未だにそら恐ろしくなる。
 思いもよらぬマンションの火災で着の身着のまま焼け出された藤堂は、しばらく愛犬アイちゃんと一緒に河崎の家に転がり込んでいた。
 その部屋に居候している浩輔の住居でもある。
「やっと部屋を見つけてきたんだ。古い一軒家なんだが、陽当たりのいいサンルームとかちょっとした庭もあってね」
「そうか、アイちゃんとこれでお別れかと思うと寂しいな」
 浩輔がボソリと口にする。
「服も達也のがあるし、とりあえず今の部屋でのんびりやるさ」
 藤堂の部屋が燃えたわけではないが、ほとんどの衣類は水浸しになり、使い物にならない。
 買いに行く暇もなかった藤堂は、河崎にスーツやコートを拝借していた。
 火事のとばっちりであれやこれやと雑事に追われ、さらにずっと仕事が詰まっていたが、何かにつけ悠のことが気になっていた。
 悠の挑戦的な黒い眼差しを思い浮かべながら藤堂はポケットから携帯を取り出した。
 

 
 大学の構内は夜九時を過ぎると暖房も消え、十一月ともなればぐんと冷え込む。
 卒業制作のために泊り込む学生もいるが、完全防備で向かわねば寝込むことになりかねない。
 だが悠にとって、今は大学のアトリエだけが制作の場所だった。
 暑かろうが寒かろうがかまっていられないのだが、アパートを追い出された上に、服も本も家財道具も売れるものはあらかたリサイクルショップに売ってしまった。
 リュック一つでどこへでも動けるから身軽といえば身軽だ。
 夜はバイトで明け方高津の部屋に戻って昼まで眠り、午後からアトリエに来て描いているのだが、作品展までにまだ何枚か仕上げるつもりだ。
 バイトがない日は一昼夜描き続けている。
「バイトなんかやってらんないなんて、わかってんだよ、チクショー」
 藤堂の言葉を思い出すとまた腹が立つ。
 わかってはいるのだが、ギャラリーの使用料や画材代を稼ぐにはバイトをやらざるを得ない。
「メシ代切り詰めても、ビビたるもんだしな」
 それにまたバイト先で倒れたりしたら、主任にどやされる。
 どころかクビにだってなりかねない。
 絵に没頭していると、いつの間にかもうバイトの時間が迫っていた。
「おい、顔色、青いぞ、ハル、大丈夫か?」
 夕方になってからアトリエに現れた高津が、悠の顔を覗き込む。
「平気。さっきカップ麺食ったし。やべ、時間ない」
 悠は筆や絵の具を片づけもせず、リュックを引っ掛けてアトリエを飛び出した。


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