「とれたぞ。食べてよし!」
やばい。
おいおい、やはりやばいぞ。
俺ともあろうものが、下手をすると悠の『先輩』の二の舞だ。
内心の動揺を抑えながら、藤堂もテーブルに着いた。
「この一連の絵のテーマは『海』かな?」
「浅いなぁ、その発想、高津並み。海は生き物の原点だろ? あんた、書いてたじゃん、俺の案内状に。『生きる』ってテーマ、あれ、結構ピンときたんだぜ、俺」
得意そうに悠は語る。
「なるほど……。でも、後ろの絵の二人、何で砂浜で寝てるんだ?」
「えー、だって死人だもん。じーちゃんとばーちゃん。生と死は表裏一体っていうじゃん」
何ら含みもなくさらりと悠は口にした。
「じいちゃんとばあちゃんだからさ、死んでもあったかいんだ」
熱々のシチュウをほおばりながら悠は訥々と言葉をつむぐ。
「海が歌ってるんだ、ばあちゃんとじいちゃんに」
なるほどとうなずきかけて、藤堂は「歌ってる?」と悠の言葉を鸚鵡返しに口にする。
「ガキの頃さ、浜とかで遊ぶだろ? 夕方になるとすんげくでかい太陽が真っ赤になって、ずっと見てるとそのうち海が歌い出すんだ、こう、ゆっくりと」
「へえ」
「俺を呼びにきたばあちゃんと一緒に海の歌聞きながら帰るんだ」
海が歌うなどという、子供染みた或いは突拍子もない発想が、何故だか悠が絵の中に創りあげた薄紫の空間からは納得できるような気がして、藤堂は知らず微笑んだ。
「好きだったんだな、悠ちゃんは。おじいさんとおばあさんのこと」
「うん」
これ以上もなく素直に悠は頷いた。
ひどく純粋なのだ、この子は……
「おかわり! あんた、料理うまいよな」
「そうだろう? なかなか時間がないんで、いつもは作れないが、味にはうるさいんだぞ」
当然のようにおかわりをする悠に、すっかり気をよくした藤堂はいそいそとシチュウを皿に盛りつける。
「そういえば、今更だけど教授とやりあったから個展をやるんだって、高津くんに聞いたんだが、卒業制作は大丈夫なのか?」
悠は「高津、よっけいなことを」と眉を顰めた。
「だってあのやろ、絵を見てやるとかって学生から金取ってんだぜ? 絵描くのに卒業証書なんかいるかって」
「わかった、わかった! そこまでの覚悟なら、俺としても応援しようじゃないか」
「え……ほんとか?」
一瞬、悠は逆にその瞳に戸惑いの色を浮かべる。
「といっても、ご飯とアトリエを提供するくらいしか今のところできないけどね」
「うん……ありがと」
急に心許なげに眼差しを伏せる悠を見て藤堂は、ひとりで気を張って生きてる、そう言った高津の言葉を思い出した。
「ガキの頃は藤沢に住んでたんだけど、母さん死んでから、鵠沼のじいちゃんばあちゃんの店の二階に転がり込んだから」
藤堂があけたワインをいつの間にか手酌で飲んでいた悠は、頬を真っ赤にして語った。
「あのあたりはいいね。八景島には行ったことがあるよ。ペンギンが可愛かったな」
「今度、案内してやろうか? 稲村ガ崎とか俺の庭だぜ、庭」
自慢げに悠は目を輝かせる。
やっぱり食事は誰かと一緒にするのがいい。
無邪気そうに笑う悠をあまり一人にしたくない、藤堂は漠然と考えるようになった。
冬に入る前に思い切りよく晴れた日の午後だった。
温かい日差しを横顔に受けながら、悠が夢中で絵を描いていると、チャイムが鳴った。
宅急便か何かかと思ってドアを開けると、飛び切りの美女が立っていた。
「あなたが義行の新しい同居人?」
不躾にそう切り出され、悠は戸惑いながらその美女を訝しげに見つめる。
「藤堂さん、今、出張でいないんですけど」
「知ってるわ。美香と一緒でしょ?」
「え?」
彼女のひとことが、悠の胸の奥に飛び込んでくる。
「美香…って…」
その名前は昨夜藤堂の口から聞いたばかりだ。
また、達也なる男からの呼び出しがあり、藤堂はその美香の件で急遽出張することになったのだ。
「美香って、長谷川美香のことよ。そのくらい、知ってるでしょ? あら、すてきね」
美女は勝手知ったるとばかりに部屋に上がって絵を眺め始めた。
「……って、まさかあの、女優の?」
「そうよ」
悠は驚いた。
「藤堂が、なんでそんな女優なんかと…」
「そりゃ、仕事だもの、女優だのモデルだの、彼、マメだからもてるのよね」
「仕事って、藤堂、ギャラリーの人じゃ…」
意外な話の展開に悠は戸惑った。
「やだ、そっちはボランティアみたいなもんよ。義行の本業はアカウントエグゼクティブ。彼、もともと英報堂営業のトップだったの。達也と一緒に会社興したのよ」
そんなこと何も知らなかった。
藤堂だって教えてくれなかったし。
悠は頭を混乱させる。
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