秋の陽3

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「いい香り」
 窓際の大テーブルに座っていた万里子は、良太が置いた珈琲を美味しそうに口にした。
「良太ちゃんて野球やってたんだよね?」
 向かいに座ってプリンを堪能していた良太は、万里子を見た。
「ええ、ガキの頃からずっと大学までやってましたけど」
 すると万里子はフフフと笑う。
「今度の映画でね、あたしセーラー服着たんだよ、高校生のシーンで。恥ずかしかったけど、少しだし、ほら、画面は加工されるから」
「絶対見たいです」
 良太は断言した。
「そう、あたしが野球部のマネージャで、彼が野球部のピッチャーなのよ」
「ほんとですか? 俺もピッチャーだったんですよ」
 野球のこととなると良太は前のめりになる。
「だったわね。きっと可愛かったでしょ、良太ちゃん」
 さっき鈴木さんに言われたようなことをまた言われ、良太はまたハハハと空笑いする。
「あ、そういえば」
 急に万里子が何かを思い出したように、声をあげた。
「ちょっと昔のことを思い出したのよ。あの時もロケで撮影してたんだけど」
「何ですか?」
 良太はスプーンを持ったままキョトンとした顔で尋ねた。
「そう、もう十年くらい前になるわねぇ、工藤さんに誘われて千雪さん原作の『花のふる日は』に出たのね。確かあれは、横須賀だったか横浜だったか川崎だったか、とにかく神奈川のどこかだったはずなんだけど」
「へえ、『花のふる日は』って、千雪さんの映画の第一弾でしたよね?」
 良太は映画の中の非常に美しかった桜のシーンを思い浮かべた。
「そうそう。工藤さんに急に原作者に会わせるって言われて、このオフィスに来たら、千雪さんがいて、あたし、初めはてっきり俳優さんかモデルさんだと思ったんだ。そしたら原作者だって言うでしょ? もうびっくりよ」
 万里子は明るく笑う。
「ですよね~、あれは詐欺だ」
 良太もうんうんと頷く。
「あ、それでね、ロケしていた場所の傍に高校があってね、もう、放課後だったのね、野球部がすぐ近くで練習してて。今の映画、高校時代の野球少年の彼っていう映像が割と出てくるもんだから、思い出したんだけど、ちょうどフェンスの近くに工藤さんが立ってて、撮影を睨み付けてたの」
「そうそう、あの人、睨んでなくても睨んでる顔してますもんね」
 したり顔で良太は言った。
「その時ボールがフェンスの破れたところから飛んできて、工藤さんの近くに転がったのよ。すぐに野球部員の子たちが走ってきて、工藤さんに、すみません、って声をかけるんだけど、工藤さん、撮影のクルーさんをどやしつけてて、聞こえてないのよ。私、ちょうど休憩してたから、ボール取ってあげようと思って近づいたら」
 へえ、と万里子の話を聞いていた良太だが、何だかそのシーンが頭に浮かぶようだった。
「野球少年の一人が、すみません、ボール取ってください、って大きな声で叫んだのよ。やっと工藤さん気が付いて、振り向いて足元のボールを投げてやったんだけどね」
 よほどその時のことがおかしいらしくまた万里子は笑う。
「そしたら、ボールを受け取った野球少年が、帽子を取って、ありがとうございました、って言ったあとに、一緒にいた子に、なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン、って。もう私おかしくて笑っちゃって、まだ覚えてる」
 良太は万里子の話を聞いているうちに、妙な感覚に襲われた。
「工藤さんもしっかり聞こえてたみたいで、余計に眉間に皺寄せちゃって。まあねえ、十五や十六の子たちからすれば、アラサーとかでもオッサンなんだと思うけど、あの頃の工藤さん、メチャもてだったのにね~」
 アハハと笑う万里子に、良太も笑って見せるが、妙な感覚はさらに強くなる。
 えええと、何で、俺、こんなに鮮明に、工藤の顔が目に浮かぶんだ?
「……そのロケって、川崎とかじゃあなかったですよね?」
 良太はちょっと万里子に確認してみた。

 


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