好きだから20

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    ACT 6
 
 
 かなり夢中になって仕事をしていたらしい。
 さっき直子が買ってきてくれた弁当を食べたと思っていたのに、いつの間にか窓の外は夕暮れに差し掛かっていた。
 冷たそうな風が木立の葉を落としながら吹き抜けていく。
 十一月も中旬に差し掛かり、佐々木はただでさえ忙しかったところへ、撮り直しCMが二つ重なり、電映社の方は製作費もギリギリらしく、別のタレントを起用してもプランは修正だけで進行ということになったものの、ドラマ絡みのCMの方は、多少の余裕もあるということでクライアントが一から創り直しを要請してきたため、佐々木の仕事量はどんと増えたのだ。
 お陰で徹夜、半徹夜がここのところザラで、今朝も気づいたらオフィスのパソコンの前で朝になっていた。
 沢村からは毎日のように電話が入るが、知らず知らず昨日は、仕事がなかなか終わらないと口にしたところ、じゃ、しばらくは電話も遠慮する、と言った。
 あんまり根を詰めない方がいい、沢村は佐々木を気遣って電話を切った。
 沢村からの電話が邪魔というわけではないのだ。
 むしろ、声を聞いているだけでほっとする。
 ただ、あまり頭が働かないから、ほんとに声を聞いているだけで、ロクな受け答えができない。
 沢村もそれを感じ取ったのだろう。
 電話が切れてから、無性に寂寞とした想いに駆られて、佐々木は思わずコールしなおそうとして、やめた。
 携帯を握りしめてしばしぼんやりしている佐々木に気づいたが、ちょうど帰ろうとしていた直子はどう声をかけていいかわからなかった。
「沢村っちは変なオッサンにおっかけられてるし、佐々木ちゃんは今までになく忙しくて、ほんと体壊すんじゃないかって心配だし、二人ともまともに話もできないなんて、もう、どうにかならないのかな!」
 昨日も佐々木に付き合って、八時頃まで手伝えることは手伝っていたのだが、オフィスを出てから直子がどこにもぶつけようもない心のうちを電話でまくしたてた相手は良太だった。
「そっか。小田事務所の遠野さんにも確認したけど、何かまだしつこく嗅ぎまわってるらしいんだよな。どうもアスカさんの方まで手を伸ばしてきたみたいで、まあ、それってこっちの思惑通りと言えばそうなんだけどね」
「そっか。もちょっとの辛抱って感じ?」
「うん、まあ、そうだね」
 良太の答えも曖昧にしかならないのは仕方ないと直子もわかっていた。
 だが、直子としては佐々木に何もしてやれないのがもどかしくて仕方なかったのだ。
「今日は、ちゃんと切り上げて帰って寝ること!」
 直子の就業時間も既に過ぎていたが、佐々木のために夕食の出前を取り、お茶も用意をしてコートを羽織ってから佐々木に言い渡した。
 今夜は週一回のお茶の稽古日なのである。
「わかった? 絶対オフィスでとかダメだからね、佐々木ちゃん!」
 ビタミンサプリメント、栄養ドリンク、ゼリー類も佐々木のために用意はしてあるが、そんなものよりもしっかり睡眠をとってほしい、というのが直子の想いなのだ。
 しかし、わかった、などと返事をしながら、手を抜くということを良しとしない佐々木は、とことんやってしまう質だ。  
 プラグイン経由の仕事は浩輔がアシスタントとしてついてくれて絵コンテの制作などはまかせているのだが、それでもここのところの仕事量はジャストエージェンシーにいた頃より遥かに超えている。
 明日は撮影が入っているため、何とか今日中にめどをつけておかなくてはならなかった。
 出前のうな重は松竹梅の松だった。
 直子は上等の弁当を取ってくれたようだが、半分ほど食べ終えたところで佐々木はまた仕事にとりかかった。
 
 
 
 
 佐々木の携帯が鳴ったのは、この辺りでキリをつけるか、と思っていた矢先のことだった。
 十時を回っている。
 まさか沢村だろうかなどと思って携帯を見ると、直子である。
「直ちゃん、どないした?」
「佐々木ちゃん、大変なの! 先生が!」
 佐々木は思わず立ち上がった。
「かあさんが?」
「とにかく、佐々木ちゃん、すぐ来て!」
 倒れたとか?
 心筋梗塞、脳梗塞、不吉な病名が心中に去来する。
 これまで病気一つしてこなかった母親だが、古希を迎えたのだ、何があってもおかしくはない。
 佐々木は取るものとりあえずオフィスを飛び出すと、エンジンをかけるのももどかしく車を家へと走らせた。
 門を開け、家の駐車スペースに車を滑り込ませると、佐々木は表玄関へと走った。
「かあさん!」
 玄関を開けた佐々木の目の前には淑子を支えるように直子が玄関に座っていた。
「周平、何ですか、騒々しい」
 すかさず小言を言われて佐々木は、「え、何やね……」とどうやら心筋梗塞などではないらしいと脱力した。

 


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