好きだから30

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「そうか、俺もトークショーとかで、しばらく関西だからな。どうせなら、向こうにでもくるか? 奈良の方、結構いい感じだぜ」
 アスカに合わせて沢村は軽く乗ってみた。
 本当はそのまま佐々木に言いたい言葉だ。
「それ、すんごくよさそう! 行けるかも。ブライトンのCM撮り、六本木のYスタなんだけどさ、それまで何日かあったと思うし、秋山っちにスケジュール聞いてみるね」
 アスカのセリフはごく自然で、どこにも芝居の要素が見当たらない。
「わかった」
「また、連絡するね!」
 切る前に、はっきりとキスの音が聞こえた。
 さすがというより、ほとんど巣のままのアスカには頭が下がる。
 そういえば、ブライトンのCMって、確か、佐々木さんが撮り直しくらったってやつだったよな。
 佐々木はどこの仕事、とかは話してくれないが、良太からその情報は聞いていた。
 確か、アスカさんと水波がやることになってたやつを、俳優の誰だかと撮り直すとか。
 あーあ、やっぱ、佐々木さんの苦労を考えると、下手な話はできないよな。
「声くらい、聴きたいよな、やっぱ」
 つい、盗聴されているのも忘れて、沢村は本音を漏らした。
 
 
 
 
 水波清太郎が主演の予定だったドラマはスポンサー関連の記念番組のため、水波のカットだけとはいえ、ほぼ三分の二を撮り直すことになった。
 ここで思いがけず座長の枠が転がり込んだのは、大澤流、映画監督と女優の両親を持ついわゆる二世俳優である。
 中川アスカも大澤ならドラマでの共演は今までもあったのだが、どちらもかなり我儘一杯、と言うところがミソだろうか。
 それでも水波ほどアクが強くはなく、どうせ二世だからなどとこき下ろされながらもここ数年それなりに力をつけてきていた。
 CMも同じく水波とアスカだったところを大澤とアスカで、こちらはイチから創り直すことになった。
 撮り直して即放映となった『スリリングレモン』とまでは行かなくても、猶予はさほどないのだ、イチからやり直しというのはやはり佐々木にしてもきつかったのだが、逆にその方が、誰かを当てはめるよりはそれこそスッキリと仕上げられそうだった。
 スポンサーはタイヤ業界トップを走るブライトンタイヤ、アイスバーンでもきっちり止まる高性能スタッドレス。
 コンセプトは安心、安全、超高性能。
 実際は車種や機能、運転者の運転技術などを踏まえてのことではあるが、佐々木自身、車はボロでもタイヤだけは多少高くても国産のいいものを履きたいので、あえて口には出さずとも、このメーカーのものを好んで使用している。
 特に冬の雪道など走る時はタイヤがモノを言う。
 減り具合にもよるが、そろそろ三年、換え時かもな、などと佐々木は愛車を思い浮かべた。
 ジャストエージェンシー時代は、仕事で東北、北海道という時も、フェリーで函館まで行って道内を巡ることもあったし、年式は古いが遊びにももちろん欠かせない大事な愛車だ。
 今回ブライトンの上の方からの御達しでタイヤを履かせる車がボルボの最新型というのも、佐々木は心の中でなかなかわかる幹部じゃないかと、仕事に力も入っていた。
 それが水波のお陰でケチがついた格好になり、ブライトン側もかなり怒っていたが、佐々木としても寝耳に水だったのだ。
 イチからとはいっても、北欧あたりを走らせたカットはそのまま使い、水波とアスカを使ったドラマに沿った形でのカットを大澤とアスカで撮り直すということになる。
 水波はしゃべらせるとくどくなるので、ストップモーション風にカットを切ってシャープな雰囲気に仕上げていたのだが、大澤とアスカであれば少しストーリー性を加味したものにする予定だ。
「え、また、あたし、雪の妖精?」
 制作を進めている広告代理店サンホールディングスの自社ビルにある一室で、スポンサー側の担当者、代理店と制作スタッフ、それに出演する俳優大澤流とマネージャーの浜田、中川アスカとマネージャーの秋山、佐々木とが打ち合わせに臨んでいた。
「そうですね~、こないだは雪女でしたけど、今回は雪の女王って感じで」
 最近はスポンサーや代理店と会う時などはおとなしめにスーツなどで赴くようになったアスカが不服というわけでもなく言うのに、佐々木は説明を加えた。
「あら、やっぱり雪女だったんじゃない」
 おとなしめとはいえ、シンプルな黒のパンツスーツはシルクで、明るい色の髪を今日はおろし、ハーフアップをバレッタでとめているのだが、細い鼻がすっと伸びてくっきりしたヨーロッパ系の相貌によく合っていると、佐々木は思う。
「雪の女王は人気の映画もあったことですしね。ちょっとしたストーリー仕立てで、下手をするとダサくなりがちですが、大澤さんアスカさんともに表情が豊かなので、シメのカットに全てがかかってます」
「へえ、面白そうじゃないですか」
 昔はもっと横柄な態度が大澤流の代名詞のようだったが、それなりに経験を積んでまともな口を聞くようになったらしい。


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